第二部(4、流葉)

  流葉 1972年冬


 山仲間で、宏幸はスキーが上手いことはよく知られ

ており、宏幸のコーチで、岐阜県の流葉へ行って、ス

キーをしようということになった。

 2月に入ると大学の講義も少なくなるが、出席日数

の足らないのは男子学生に多く、参加者は10名中、

7名が女性となり、賑々しい旅となった。

 京都駅が8時台の急行たかやま号に乗ると、高山駅

に午後1時過ぎに着く。ここからは神岡行きの濃尾バ

スで約1時間、流葉スキー場で降りると、宿泊するロ

ッジは国道沿いにあり、すぐ向かい側がスキー場であ

る。

 まだ午後の3時前であり、日が落ちて寒くなるまで

には2時間ほど滑れるので、宏幸は車中で約束した、

初心者向けレッスンを始めることにした。

 レッスン参加は、列車内で飲みすぎた男子2名と女

子2名を除くと、5名全員が女性になった。

 ほとんどが初心者なので、ワックス塗りから習い始

め、スキーを履いての平地歩行で体を温めた後、横向

きになりエッジを利かせて一段づつ登らせられるが、

すぐには覚えきらずに倒れるものが続出する。

「もっと、しっかりエッジングしよう。体を谷側に向

けて、両膝は山側に押し付けるようにするんや」

 キャーキャーと姦しい声が響き、ついつい宏幸は大

声になる。

 全員が、10メートルほど登ったので、倒れる練習

を行ってから、いよいよボーゲンを教えられるが、こ

れも直ぐにはマスターするものがおらず、尻餅をつく

ものが多い。そんな中で上達が早いのは、高校時代に

バスケをやっていた、滋賀県日野町出身の斉藤真理子

である。

「高校2年の体育の授業で、一度伊吹山に行ったきり

だから、なかなか思い出せないわ」

といいながらも体がすぐに反応したようである。

 全員が5、6往復した頃には、やっとまともにボー

ゲンができるようになった。仕上げは、ボーゲンから

片方の足に体重移動させて止まる練習である。これは

みんな、意外と早くマスターしたようである。帰り際

に佐知子が、

「高木先生、明日はリフトに乗せてよね」

「真理ちゃん以外は、朝イチ復習してからや」

「えぇー、そんなの不公平」

と、みんなからブーイングが出る。

 一日目は終わり、入浴、夕食を済ませて、3部屋に

分かれて入り、早めに眠りについた。


 二日目は、昨日の晴天とは打って変わって、空はに

び色に曇り、今にも雪が落ちてきそうな空模様になっ

た。

「ちょっと寒いけど、スキーにはもってこいや。晴れ

たら雪焼けするし、ベタ雪に変わって、足取られて怪

我しやすくなるんや」

 宏幸が、午前中は希望者に山周り、谷周りターンと

シュテムターンを教えるが、やがてめいめいが勝手に

滑り出す。

「こけて上手くなるんや。好きなだけ滑ってこいや」

と、宏幸が言い放つ。

 宏幸は、午後からは一人で頂上付近の流葉国際まで

行き、上級者コースにチャレンジした。雪質は良くエ

ッジが効きやすいので、コブを利用してクリスチャニ

アで爽快に滑っていく。

 夢中で滑って3時間、吹雪いてきたので、もう一本

で終わろうとリフトに乗り、途中までくると突然止ま

ってしまった。アナウンスがあり、吹雪でしばらく止

まるとのこと。

・・殺生な。凍えてしまうやんか・・

 回復に20分余り、体の芯まで冷えてしまった上、

暗くなってライティングされた麓に帰り着いたのが5

時半前で、佐知子から、母親が子供を叱るように、

「子供じゃあるまいし、いつまで滑ってんのよ。みん

なが心配してたんだから」

「リフトが止まってしまって・・」

「もう、いい訳ばっかりして。みんなに謝るのが先で

しょう」

・・うるさい親になりそうやな・・

「何ぶつぶつ言ってるの・・」

「すんません」

「だいぶ尻に敷かれているなぁ」

と、浜田が助け舟を出してくれたので、ようやく解放

された。

 ロッジに帰り、それぞれが入浴を終えて7時から夕

食が始まる。ビールやワインを注文して大宴会が始ま

った。特に女性陣は、反省会ならぬ失敗談義で盛り上

がる。

 宴がはねると二次会で、10人全員が、男性3人が

入る部屋に集まるが、8畳の和室は、人いきれとタバ

コの煙が渦巻き、煙草を吸わない宏幸が窓を少し開け

る。

 そんな中、真理子が部屋の隅っこで、ポテトチップ

を食べながら缶ビールを傾けている姿が目に入り、京

都出身の深井和夫が、少し酔いながらも、京言葉で声

をかける。

「女の子の中で、一番じょうずやおへんか」

「そんなこと、あらしまへんえ」

「それにしても、みやびた返事やねぇ」

「お母さんの実家が、上京なんよ。そやから、今は叔

父さんのうちで下宿しているの」

「今度遊びに行ってもよろしおすやろか?」

「だめでおじゃります」

「公家言葉やないか・・」

 今夜は方言談義で更けていく。そして、新しい恋が

生まれた・・かも知れない。


章末注記

(1)スキー場名の「流葉国際」は、現在使われてい

ない。



・・・「藤原岳 1972年春」に続く。  

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