第一部(5、比良山)

  比良山 1970年春


 宏幸の通う大学から日帰りで行ける山は結構ある。

京都府内であれば北山山系、隣の滋賀県では比良山系

や鈴鹿山系、伊吹山等が手頃である。それぞれ特徴が

有るが、今回は比良に行こうということになった。琵

琶湖側からロープウェーを使えば早く登れる。日程は

5月のゴールデンウィークに決定した。今回は男3人

女3人の同数である。

 リーダーは、言いだしっぺの宏幸になった。

 そして宏幸が集合場所の京都駅に来てみると、女性

が一人増えている。福井県出身の田辺香織が、

「リーダー紹介するわ。私の妹でジュンコです。今年

京都の短大に入り、私と同じアパートなの。一人増え

てもいいでしょう」

「大歓迎や。それにしても可愛いな。ジュンちゃんて

どんな字書くの?」

「順番の順です」

 宏幸はもっとしゃべりたかったが、横を見ると佐知

子が、

「さあ、改札入りましょう」

と、促した。

 国鉄膳所駅で乗り換え浜大津まで行き、江若バスを

乗り継ぎ、比良リフト前で降りる。

「江若鉄道が去年の秋に無くなり、ちょっと不便にな

ったなあ」

「それに変わる国鉄の路線ができるんでしょう」

「まだ4、5年先やろな」

 そこから、リフトとロープウェーを乗り継ぎ、山頂

駅に一行が着いたのは、午前10時半頃になった。

「今回は、石楠花、湿原、滝めぐりと盛り沢山や」

 先ず南へ移動。すぐ尾根道の両側に石楠花トンネル

が始まる。今年は表年で花が多く咲いている。佐知子

が、

「ピンクや白い色の花が綺麗」

「ホンシャクナゲ言うて、比良を代表する花や。井上

靖さんも、比良のシャクナゲ言う短編小説書いている

やろ」

 今まで、あまりしゃべらなかった順子が、

「読んだこと有ります。小説というより詩ですよね。

石楠花の写真を見て、いつかはそれを見に行き、疲れ

た生活の心を清めたい、と言った内容だったと思いま

すわ」

「ほう、よう知ってるな。ジュンちゃんは文学少女や

な」

「私、高校時代から詩が好きだったの」

 順子の言葉がくだけてくる。

「そんなら、与謝野晶子はどう」

「まだ読んでないわ」

「今度貸したげよか」

「ありがとう」

 宏幸は、これでお近づきになれそうやと、ほくそ笑

む。

 10分ほど歩き、

「金糞峠まで行き西にくだると、八雲ガ原から流れ出

た奥ノ深谷源流があるんやが、時間がかかり過ぎるの

で、八雲ガ原に直接行くで」

 宏幸は皆を促しリフト前に引き返す。八雲ガ原は、

そこから5分で到着。

「この湿原は近畿では珍しい高層湿原や。ミツガシワ

が咲いてるなあ。もう一ヶ月もたてば、サギソウが咲

くが、2、3センチほどの花やけど、シラサギが羽広

げた形に見えるんや」

「高い山の上に有るから高層湿原なのね」

「いいや、高層湿原は、層が積み重なって地表が乾燥

したものを言うんや」

 比良スキー場北側から、イブルギノコバ方面に入り

込むと、北斜面には残雪があり、少し足を取られる深

さである。佐知子が、

「宏幸、靴に染み込まないかしら」

「キャラバンシューズ履いてるもんは、少々は大丈夫

やけど、ジュンちゃんみたいな運動靴はまずいなあ」

 宏幸は、不安顔のジュンちゃんを見ていると、リー

ダーとしても放っておけず、地図を取り出し、

「ルート変更や。左のスキー場の中ををそのまま登る

道が有るはずや。ちょっと時間かかるけど、そうしよ

う」

 八雲ガ原から1時間20分で、最高峰武奈ガ岳(標

高1214m)に到着し、ランチタイムを取る。伊吹

山は見えるが白山は春霞で見えない。

 宏幸が指示を出す。メタでお湯を沸かし、インスタ

ントラーメンを作る。由美子が、

「定番の、みそラーメンね」

「インスタントでは、これが一番うまいんや」

「さっちゃん、ネギ持ってきたわよね」

「あっ、忘れた」

「スーパーで買ってくる言ってたでしょう」

「相変わらずやな」

と、宏幸がうなずく。

 下りはイブルギノコバを経て、八淵の滝の大摺鉢に

1時間半で到着。女性陣は一斉に滝の水に手を入れる

や、

「冷たあいわ、雪どけ水で手が切れるようね」

「ここから下にも、四つの滝が有るんやけど、時間な

いし上に行くで」

 登り始めると直ぐ小摺鉢、そして屏風滝と続く。暫

く行くとクライマックスの貴船の滝が見えてきた。小

橋を対岸へ渡ると、滝の横には14段の鉄梯子が設け

られている。

 男性陣が先に登り、続いて女性陣、最期はリーダー

の宏幸が登る。宏幸は、登り始めた女性陣の後ろ姿を

見ていると、

・・ジュンちゃんのお尻は良う締まっていそうやな。

佐知子が一番お尻大きいなあ・・

と、呟き、ニヤニヤしながら見あげていると、登りき

った佐知子が振りかえった。

「いつまで口あけて、ニヤケているの。早く上ってき

てよ」

 春の楽しい一日は過ぎていく。


 章末注記

(1)比良ロープウェーは、2004年廃線。



・・・「白馬岳 1970年夏」に続く。

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