396 嘘は罪

08.03/角川書店

09.09/角川文庫


【評】う


● 謝れ! 新宿二丁目に謝れ!


『朝日のあたる家』ののち、庇護していた大スター今西良を失った作曲家・風間俊介は失意の日々を過ごしていた。そんな中、古い友人である野々村に借金をしに出かけた新宿二丁目で、輪姦されそうになっていた青年を助ける。

 その青年・二宮忍に妙になつかれてしまい、居候させるうちに、次第に風間の心は晴れていくのだが、忍を追う武闘派インテリヤクザの黒須があらわれ、周囲に穏やかならざる空気を作り出していた。ところがひょんなことから、風間はその黒須と肉体関係をもつことになってしまい……



 えーと……

 うん……うん……

 見なかったことにしていいかな?

 いや、読み始めたとき「けっこう面白い」とか思ったんだけど、ごめん、最初だけだわ。

 二段組で全五七〇ページもあるんだけど、その一五〇ページくらいまでかな、面白く読めたのは。

 その一五〇ページも、かなり文章がぐたぐだしてはいたし、どう見ても古臭いし恥ずかしいのだが、「風間俊介負け犬伝説」としか云いようがない内容で、そこが良かった。

 いままでの作品では、二枚目でキザで金持ちでケンカが強くて教養と才能と名誉ある作曲家で、だけど今西良の魔力によりどんどんおかしくなってしまった、という設定だったんだが、どう見てもはじめからヘタレのダメ人間でしかなく、ゆえに「風間先生の魅力のなさは異常」としか云いようがなかったのだが、その輝かしい過去の経歴が、コンプレックスと虚飾に彩られたないものねだりの無能者の一生であることが暴かれていって、その自虐的精神性の気持ち悪さが、薫のねっとりとした文章とあいまっていい味を出していた。やはり、負け犬とキモメンの精神性を書かせて薫の右に出るものはいない。


 風間に再生のきっかけを与える忍との出会いも、二丁目の店に行ったらちょうど輪姦の最中で「二丁目だったらよくあることだ」的な流れで、はっきり「ないな……ねーよ」と思いながらも、ちょっとエグく興味をひきつける出会い方ではあり、負け犬伝説のせいで展開がとろくはあったが、導入としては(ださい・きもい・はずいの三重苦ではあるが)及第点と云えると思う。

 次にその忍を追うインテリヤクザが出てきて、それが蛇を思わせるぬらりとした三十がらみの美青年で、周辺では血も涙もない外道として通っている、というと『魔界水滸伝』に出てきた北斗多一郎を思わせる、ベタではあるがなかなか面白いキャラクター。

 ところが敵であると思われていたこの黒須というヤクザと、風間はなぜか肉体関係を持つことになってしまい……というところも、面白くはあると思う。

 この三人が物語のメインなのだが、つまりこの三人の初期設定は、なかなか面白くなりそうではあるのだ。だから、この初期設定がゆっくりと説明されていく三分の一くらいまでは「一体この先どうなるんだろう?」という期待がもてた。

 が、実際はこのあとに続くのは失笑と悶絶と落胆とヤマなしオチなし意味なしであり、最後に残る感情は「うん……うん……まあ、どうでもいいや」であった。


 とにかく物語が初期設定からほとんどなにも展開せず、起承転結の承あたりで「おれたちの人生はこれからだ!」みたいになって唐突に終わるという、とんでもない打ち切り展開。おれが読んでた四〇〇ページくらいはなんだったの? と素直に聞きたい

 その空白の四〇〇ページの内訳は、すでに説明したことの繰り返しが二〇〇ページ、聞いているほうが恥ずかしい的外れで知識もセンスも一切ない音楽話が一〇〇ページ、きもいのSMセックスが一〇〇ページ、といった按配だ。


 そしてまた音楽的な部分が恥ずかしい。

 まず中盤で、拾った青年・忍が、音楽的教育を一切受けていないが天才的な歌い手であることがわかるのだが、ここがもう本当に脱力するしかない。

 声域が広いことを描写していって、最終的に出る台詞が「この野郎、三オクターブも出やがる」それ広いのか? 少なくとも三オクターブじゃ天才にはならんだろ。つうかどんだけ声域狭いんだよ薫。一度曲を聴いたら、三十分くらいたってもまた歌えるとか、いや、それそんなにすごくはないだろ。薫の周りには音楽畑の人がいないのかよ。少なくとも天才ってレベルじゃないだろ、それは。それで絶対音感を持つものの悲しみとか、なにがしたいんだ薫は。

 そもそもこの忍というキャラ。

 バカで陽気で野性を感じさせる犬系キャラという設定で、やたらと「尻尾を振っているのが見えるような」と描写されるのだが、これがもう犬系キャラとしては画期的なほどにどこも犬じゃない。犬のバカさも健気さも可愛さもなにも表現できていない。

 薫はまず犬系は誘い受けをしないし、部屋にひきこもらないということを知るべきだ。こんなにねっとりしてイラッとする犬系ははじめて。そりゃまあ、よく考えたら薫の小説ってびっくりするくらい犬系キャラ少ないもんな。ドードーくらい? ほんともう、ここまで犬系が書けない人がいるってことが驚き。

 そんでもって犬的要素としてやたらとプッシュしてるのが、食べ終わったあとの皿を舐める。、それ犬系じゃなくてただの犬食いや。育ちが悪いだけや。健気で賢いのもたくさんいる犬さんをバカにするな。


 そんなわけで、音楽キャラとしても犬系キャラとしてもイライラするだけで微塵も魅力を感じない忍のせいで、中盤からは終始ガッカリ感に包まれることになる。

 そこでもって風間さんの「新宿二丁目でモテモテ伝説」がはじまって、これがもう本当にキモイ。

「良がやらせてくれないから当時から二丁目でゆきずりの相手とやってた。それが良にバレたら汚物を見る目で見られた。おれの性欲をどうしろというんだ!」という、キモいとしかいいようがない主張をしはじめ、しかも「ドSだからいやがる相手に血を流させながらガッツンガッツン突きたい。喜ばれるとむしろ萎える」とさらにキモい主張をはじめ、そんな風間さんは二丁目でモテモテという、もう二丁目バカにすんなって感じだ。なんだよホモは一人の相手とつきあうよりは、いろんな相手とやりたいセックス好き人間が多いとか、そういう決め付けた主張は。怒られるで、ホント。

 そんな二丁目でゆきずりの男にしゃぶらせてたら「そいつはやめときな」と声をかけてきたインテリヤクザの黒須さん。相手の男が逃げてしまって風間さんは「じゃあ硬くなっちまったおれのこれをどうすんだよ。お前がやらせてくれんのかよ」と無茶苦茶なP意欲を主張し始め、これに対し武闘派の若頭でもある黒須さん。

「それは……私でよければ、是非」

 なにこのうほっ、いい男的展開。笑い所? 笑い所なの?

 その後は黒須さんの「Mじゃないけど痛くないとダメなんです」発言のもと、リアルゲイでもやおいでもBLでもJUNEでもありえないような、よくわからんセックスファンタジーが延々と展開。

 多一郎さんを思わせる黒須さん、どういうキャラなのかと思ったら、どう見てもただのMのオカマでした。なにこのガッカリ感。展開の妙とか人間関係の妙はまったくなく、ただ「ドMだから」という理由だけで風間さんとくっついてアンアン云ってるという、本当にもう、薫の欲求不満にはつきあってられんですたい!

 何度も何度も云っている気がするが、薫はとにかくエロ禁止。少なくともSEX禁止。それと音楽話も禁止。いちおう軽くでいいから起承転結を考えてからかきはじめる。この三点を押さえて欲しい。

 押さえて欲しいのに、今作はこの三点のみで構成されていた。


 アイデアというか、初期設定自体は、恥ずかしいながらも昔の栗本薫と似たようなもんだったんだが、進めば進むほど頭が痛くなってくる晩年のクオリティをフルボッコに発揮。

 とにかく無駄(本当に無駄)に長い、お婆ちゃんの愚痴と欲求不満をねちねちねちねち聞かされるだけの話になってしまっていた。

 生き甲斐を失った作曲家が、過去のコンプレックスと向き合い、どん底まで落ちて再生していく、というストーリー自体はいいし、そこに「音楽家になれなかった自分」「作家としても中途半端な存在だった自分」をオーバーラップさせていたのはいいが、その後をまったく突き詰めなかったせいで、なんにもならない。

「結局マーケティング・リサーチだけで作っていた」「作曲家というよりはミックスコンポーザー」「ロック畑ではジャズが、ジャズ畑ではロックがすごいと云っていたこうもり野郎」「でもそれなりの作品を早くつくりあげたし、天才たちよりも大衆性はあった」などなどの、明らかに栗本薫本人の作家活動のことである部分を、もっと冷徹につきつめるべきだった。

 そこを突き詰めないで知識もないのに天才音楽家幻想とヤクザ幻想に走り、単なるセックスファンタジーに逃げ込んでたら、ほんと、愚痴にしかならんだろ。前半の方を読んでいるときは、そこが突き詰められていくのかと思っていただけに、すべて投げっぱなしで終わって本当にガッカリだった。

 文章がぐだぐだで、メリハリがまったくなくて盛り上がりに欠けることはもう諦めるけどさ、内面描写はもうちょっと突っ込んでしてくれよ……無駄に内面吐露が多いけど、同じことのくり返しじゃねえかよ……


 途中、何回か透が出てくるんだが、これもなんかキャラがキモくなっていた。

 全然似合わない敬語しゃべってるのもなんかキモいし、やけに綺麗なジャイアン的違和感のある綺麗さをたたえていたのが心底いやだった。透なのに全然だるそうでも投げやりでもないって、お前ほんとに作者かと。もう一回前作を読み直してこいと。

 そういう意味で、キャラ小説としてもあんまりな出来。

 長さ的には死期の迫った晩年の大作ということになると思うのだが、それがこんな投げっぱなしのぐだぐだしているだけの作品で、本当にいいのか栗本さんよぉと問い詰めたくなる一作。

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