386 グイン・サーガ外伝21 鏡の国の戦士

2007.07/ハヤカワ文庫

<電子書籍> 有


【評】うな


● 久々のヒロイック・グイン


『七人の魔道師』事件後、ケイロニア王として愛妾ヴァルーサとの蜜月を送るグインを襲う夜毎の怪異を描いた連作中編。

『蛟が池』『闇の女王』『ユリディスの鏡』の三篇を収録。


『蛟が池』

 ある夜、寝所にあらわれた妖魔〝猫目のカリュー〟によってなかば無理矢理にグインが連れて行かれたのは鏡の中の世界ハイラエだった。生贄となる運命から逃れることを望むというカリューの願いを聞き、蛟が池に潜むという蛟神と戦うことになるグインだったが――

 変なダンジョンに行ってボスモンスター倒して終わりという、典型的な1クエスト制のサブストーリー。ストーリー自体にさして面白みはないが、こうしたものの面白さはダンジョンとモンスターが魅力的であるかどうかにかかっているのでそこは問題がない。

 ダンジョンは、光景自体はさして面白くないものの、カバの身体に竜の首と馬の面に角がついていて全身にみっしりと藻が絡んでいるという怪生物の龍馬がなかなかユニークで良かった。一方でボスモンスター二体は「あ、これそろそろ中盤に入るくらいのイベントで出てくる中ボスだ」と瞬間的に思うくらいにありふれたものだったので、いまいちと云わざるを得ない。

 また今作に限らないがグインと妖魔との戦いになると過去の外伝でわりと成り行きで適当に手に入れた、スナフキンの魔剣という名前だけ聞くと戦うことを軽蔑してそうな名前の武器が常にワンパンでボスを沈めてくれるので、あれは良くないと思う。お前は『悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲』のヴァルマンウェか。



『闇の女王』

 愛妾ヴァルーサと穏やかな夜を過ごしていたグインがまぎれこんでしまったのは、無数の一方通行の部屋が連なる闇の女王メイベルの領域だった。脱出を目論みいくつもの部屋を踏破していくグインを怪異が襲う。

 この外伝21の巻タイトル自体がそうだが、この作品は特に『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』を意識したような、仄暗さの漂うメルヘンといった按配。それぞれの部屋に《日没の十分前》、《白昼のもっとも高い空》など時間と人格が設定され、邪気があるのかないのかわからない問答をしてくるところはなかなかに面白い。グインが「やめて!私に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに!」な姿を見せるなど、笑いどころもある。

 この世界がなんなのかというオチが最初から見えているのと、やはりスナフキンの魔剣さんがワンパン決めてくるところがいただけない。お前は動画を動かす予算がない都合で異常に強くなってしまったゴッドマーズか。



『ユリディスの鏡』

 臨月を迎えようとしているヴァルーサの腹からグインの子が消失した。知らせを受け産殿に駆けつけたグインとハゾスの前にあらわれたのは、もう一人のグインだった――

 いわゆる悟りの化物との対決の話だが、特に本作ならではの楽しみというものはない。本物と偽物で同じセリフを同時にいう、ということを何度も何度も繰り返すせいで「原稿料泥棒か」という気持ちになった。怪異の正体もタイトルの時点で出オチているので隠す気もなく、あまりハラハラドキドキして読むたぐいの冒険譚ではない。グインとハゾスとの掛け合いを楽しむのと、グインの子の誕生という、本編の先を行く(そしてついに栗本薫自身の手によって追いつくことのなかった)大イベント前夜を描き、先をやきもきさせることが本作の存在意義だろう。

 スナフキンの魔剣さんは強すぎて出すそぶりをしただけで相手が降参するに至っている。お前はシコルスキーの心を折ったガイアか。



 総じて、わりと普通のヒロイック・ファンタジーだ。グイン外伝でいうと『時の封土』辺りに準じる作品だろうか。

 無論、おんなじことを繰り返しているような台詞が多く「推敲して無駄を削ってよ」という気持ちが素直に出てくるのはいつものことだが、基本的にちゃんと事件が起き、オチもついているため、普通に読むことが出来る。自分としては文章の問題で『時の封土』よりずいぶんと劣って見えてしまうが、文体が気にならない人には楽しめるだろう。

 物語全体の立ち位置としても、はじめて『七人の魔道師』以後が描かれたエピソードであり、当時の本編最新刊の少し先をチラ見せした展開は、かつての『イリスの石』を思わせる巧妙さがある。

 実際、面白いかどうかは置いとくとして、この辺りの時期からグイン・サーガ本編はのびのびとした印象がある。全百巻の予定をとうに通り過ぎて縛りが完全に消滅したこと、舞台でこしらえた借金が二○○六年に完全返済されたこと、舞台から完全に足を洗ったこと、代わりに舞台のように財布を圧迫しないピアノライブに傾倒したこと、矢代俊一シリーズを趣味で猛烈に書き続けることでホモ妄想の行き場が出来たこと、などの諸条件が重なり、安定したのだろう。

 こうした余技とも云える外伝の存在もまた、その安定のあらわれであり、今後もこうした余裕をもった外伝が綴られていく予定だったのかも知れない。


 しかし本作が出版された数ヶ月後にすい臓癌が発覚し、グイン外伝の執筆は本作が最後となってしまった。

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