382 浪漫之友 9号

2007.04/天狼プロダクション

<電子書籍> 無

【評】 ―


● さらば、150kgのストーカー乙女・島田魁……


 栗本薫個人同人誌第九号。

『帰還 ―ヴァンパイア・サーガ プロローグ―』『ハンターたちの夜 ―ヴァンパイア・サーガvol.1―』『副長 第九回』収録



『帰還 ―ヴァンパイア・サーガ プロローグ―』

 世界に絶望し、焼け落ちたシャトー跡に隠れ住んでいた青年レミは、虚空からうつくしい声が響くのを聞いた。そのシャトーには、かつて美しい吸血鬼が住んでいたという――


 前号、前々号と掲載した『狂った月』で「これ長いシリーズの一作なんだよねー(チラッチラッ)」とやっていた薫の気持ちをみんなが汲んでくれたのか、好評だったとのことで件のシリーズ『ヴァンパイア・サーガ』の連載が今号からスタート。

 本編自体は96年から書きはじめて全11作1800枚超で完結しているのだが、もともとが舞台の続きということでそのまま載せると説明不足であろうと、設定の説明兼短編小説としても楽しめるプロローグを、ということでこの『帰還』を書き下ろしたらしい。

 でも書かれている設定の説明はだいたい前号に乗ってた『狂った月』に書いてあったことだし、一本の作品としては「なんかまた面倒くさいやつが聞いてもいないのに生い立ちをずっと独り言でいっているだけだなあ」としか思えなかったので、必要な話なのかなこれ、という気はした。

 でもシリーズのオチがまた心中エンドっぽいのがわかるから、そこは意味があるのかな……?



『ハンターたちの夜 ―ヴァンパイア・サーガvol.1―』

 ヴァンパイア・ハンターのヘルシングさんがヴァンパイアが出たという噂のホモバーに入り浸っていたところ、同業者に話しかけられて盛り上がっているうちに急にムラムラしてきたので「やらないか?」と云ったら相手も乗り気だったので「俺ホモじゃないんだけどなー」「俺もホモじゃないんだけどなー」と云いながら路地裏でしゃぶりました。


 いや、あんたらホモだろ。という一言しか出ない短い話。

 多分、ヴァンパイアの不思議な力でホモになってしまったのだろうが、初手からホモにしか見えない発言をしながら「ホモじゃないけど」とやたらと言い張っていたので「ダチョウ倶楽部みたいな前フリかな?」という感じしかなかった。

 しかし当時はまだ本格的にシリーズとして書くつもりがなくて趣味の落書き感覚で書いていたんだろうが、しゃぶっただけの話なのでこれで一話っていうのはどうなの?と思った。

 ていうかこの二作をプロローグとしてとりあえず提示したみたいなんだけど、この二作だけだとホモがゲイバーでひっかけた男をしゃぶった話しにしか見えないので続きは別に気になりませんよね……導入としてなら前号掲載した『狂った月』でいいんじゃないかしら……。

 あと、どうでもいいけどなんでゲイバーじゃなくてホモバーって表記してるんですかね……あんまり聞かないから違和感めっちゃありましたわホモバーって言葉。



『副長 第九回』

 江戸へと落ち延びた新撰組隊士たちは、地位と金を与えられ、甲陽鎮撫隊と名を変え甲府城奪還の遠征に出る。はじめはその無謀な行いに喜ぶ近藤と土方を冷たく見ていた島田だったが、断髪した土方に死の覚悟を見てとり、それはそれとして髪型変えたら土方さんが天使にしか見えず「俺の副長がこんなに可愛いわけがない!」と思いながら脱いだ襦袢をハスハスしたりしました。


 前半が前回にも書いた島田の生い立ちや土方の状況の繰り返しになっていて「おばあちゃん、その話はさっきもしたでしょ」といういつもの気分になったが、断髪した土方に大興奮してどんなに素晴らしいかを力説する島田さんの気持ち悪さが完全に腐女子のそれで「うわあ……」って感じでなかなかおもしろかったです。

  また土方を本当は気が弱いのにプライドの高さ故に無理しているんだと見てとってチンコギンギンになるところや、気がつけば自分が新撰組で一番強いかもしれないということに気づいて自惚れているところなどは、栗本薫初期の名作短編『One Nightララバイに背を向けて』 のキモいストーカー体質の大男が思わず腕を振り払ったらまわりがびびって「おれ……力あるんだ……」てふへへへと笑うシーンを彷彿とさせて大変良い。島田さんはあの最高のキモキャラの再来や……!

 甲陽鎮撫隊が出発した所で「続く」


 この甲陽鎮撫隊の道中というのは大変道化じみていて面白い。明らかに負け戦に放り出されているのに「俺はついに大名になった!」と浮かれている近藤勇の単純な愚かさが笑えるし切ないのだ。

 筒井康隆の短編『わが名はイサミ』は、この近藤の浮かれた珍道中を「資料にそう残っているんだから仕方ない」と何度も記述しながら描いている名短編である。ちなみにこの短編中で土方さんは近藤に掘られまくっているが、資料にそう残っているんだから仕方ないのだろう。

 そんな素敵な珍道中を栗本薫はどう描くのか……!


 まあ、前号のレビューで書いた通り、作者急病およびそのまま闘病生活の後に逝去のため、今作はここで中絶なんですけどね……。

『夢幻戦記』が未完に終わったことは「うん、わかってた」という気持ちにしかならなかったが、新撰組の晩年は好きだし、心に乙女を飼う150kgのストーカー島田魁さんはキャラが立っていたので、この『副長』が未完に終わってしまったのは、ちょっと悲しいですね。

 なんだかんだで900枚も書いてあんまり話がすすんどらんやんけ、という気がするので一般的にいって優れた作品かどうかはいまいちわからないんですが、ぼくは薫のストーカー作品大好きですからね……。ストーカー作品だけは終わらせて欲しかった……。新撰組ものって、晩年を描くために生き残った人の視点で物語を進めようとすると、たいてい打ち切られたり中絶したりするんですよね……なんなんでしょうね、アレ……。まあ沖田か土方が主役じゃないと人気でないってことなのかもしれませんが……。

 ともあれ、この作品を書くきっかけになった、当初から書きたかったシーンまであとちょっとだったらしいので、せめてそこまではやってほしかったですね……いやまあ、たぶん島田魁がきもいこといいながら土方さんを掘るシーンなんだろうけど……。

 はあ……やっぱり、未完作品は人を幸せにしないから、よくないですね……

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