377 着物中毒
06.12/ソフトバンククリエイティブ
【評】う
● 脳内時間の止まりっぷりが悲しい着物エッセイ
着物ブームがきていた梓が、どういう人間を想定しているのかよくわからない着物トークをするエッセイ。
前提として、俺にこの本のレビューをする資格があるのか……。
まずもっとて着物に興味がないし、良し悪しもさっぱりわからない。見た瞬間の直感として好き嫌いはあるが、上等なものと安いものの違いなんてわからないし、知識もまったくない。着物について語った本の良し悪しなど、判断できるわけもないではないか。
と、思いつつ本書を読んだわけだが、着物がわからないからこそ「変な本……」と率直に思ったのであった。
なにが変といって、この本のターゲットがわからない。
どうも「着物いいから着なさいよ」という言動が多く、着物の種類に対する図解などもあるので、着物の啓蒙・入門書のたぐいなのではないかと思うのだが、しかしそれにしては腑に落ちない部分も多い。
入門書ならば、普通はなにも知らないような若い人を想定し、基本から解説していくものだと思うのだが、どうにも説明なしに着物用語みたいなものがバンバン出てくるので、なにも知らないと話がわかりにくい。例えば「プレタ」という言葉が常識のように何度も出てくるのだが、どこにも解説されていない。検索して「プレタポルテ」の略で高級既製服、つまり反物から仕立てる必要のない着物だということはわかったが、入門書にも説明不要なほどの一般常識なのだろうか? 自分が無知なのは事実だが、そういう人間にわかるように書かなくては入門書とはならないと思うのだが。
帯の締め方や着物の種類の違いなどに対して丁寧でわかりやすい図解が入っているので、少なくとも編集の方針としては入門書だと思うのし、じっさいこの図説をいい仕事をしていると思う。だが梓の文章が肝心の若者を小馬鹿にしたような言葉が多くて、若者ファッションを「裸同然(爆)」「難民みたいな格好」と云われては、仮に自分が着物にちょっと興味があってこの本を読んだとしたら、確実に「着物なんか着るかよ」という気持ちになっていただろう。
上記も含め、本書の中で「着物はコスプレのようなもの」と書いてあり、和風のいい女になりきるための道具として推奨しているのだが、それを目指している女性が読むには本書の言葉はどうにも品がない。これでは憧れることはできないと思うのだが、いかがだろうか。
あるいは教養があるのに敢えて砕けた言い方をしているつもりなのかもしれないが、二〇〇六年に「着物ラー」とか(爆)のセンスでは若者目線でも大人目線でも厳しいとしか思えない。つうかなんだよ着物ラーって。アムラーのような使い方なんだろうけど、強引すぎてわかりにくいし恥ずかしいしアムラー自体が古いよ。いまとなっては食べラーの一種にしか聞こえないよ。「着物のようで着物でない、ちょっとだけ着物なラー油」だよ!(食べラーももう古いですよおじさん)
そしてまた、わかりやすくするために例にあげてる人物や作品が古い古い。前髪パッツンのセミロングに対しては岩崎宏美だし、着物の先人では宇野千代や石田節子だし、そういった人物や固有名詞たちが説明なしに当然のこととして出てくる。いや、そりゃ有名ではあるけど、完全に自分と同世代しか想定してないだろこれ……情報更新しようよ……なのになぜかユザワヤにはちゃんと解説入ってるし……ユザワヤは知ってるよ……。
そもそも70代、80代の女性を指して「お母さんの世代」って、いやそれ普通の感覚で言うと「おばあちゃんの世代」だから……「ひいおばあちゃんの世代」の可能性すらあるから……梓……あなた50代なのよ……自分がお母さんの世代の、しかもそろそろ卒業間近の年代なのよ……気づいて……人は老いていくものなのよ……。
そんな感じなので本書の想定対象読者は「40~50代の、着物への興味と知識はあって経済的に余裕もあるが手を出していない女性」ということにな。いや、そういう人がいないとは云わないが、多分その年代のそういう人はとっくに着物きてると思うの……。梓に教えられる必要はないと思うの……。
で、本書で繰り返し語っているのは、着物に対して敷居が高いなどと思わないで、まずはどんどん着て慣れてしまって欲しい、ということ。だから百万円の反物だろうがザクザク切ってしまうし、安物でもいいと思えばどんどん買って合わせるし、百円の小物だってどんどん使ってしまう、というのが梓の姿勢だ。
これ自体はわかるし、悪くない考え方だと思う。古臭い風習を誇示するマニアに合わせてしまってその文化自体が廃れるというのはよくある悪習だ。
ただ、そうして気軽に入ってくるようにいいながら、梓の思う一線を超えたものに対しては「村のはずれのいっちゃってるあのヒト」だの「女中のキヨの藪入りのお出かけのおめかし」だの「南洋の土人の盛装」だのと、非常に保守的で上から目線で偏見的で下品極まりない言葉で罵ってくるから「こんなこと云われるなら着物なんぞ着るかよ」と心の底から思ってしまう。つうか編集も止めたほうがいいだろさすがにこの言葉の数々は……。
これに限らずあらゆるものの尺度が梓の感覚基準のため、おどろくほど参考にならない。着物の衣替えは旧暦基準にしよう、と提言した直後に「でも最近はヒートアイランド現象とかもあるから当人が寒くなればいつでもOKにしよう」とか云いだして旧暦まったく関係ないじゃんってなるし、「着物のときはそのへんで配ってる企業名入りのプラのうちわはやめよう」とかいっててそんなの企業の広告でしか見ねえしってなるし、いったい梓がなにと戦ってなにをいっているのかさっぱりわからないよ……
で、最後のほうには「着物着てる人は褒められたいんだからどんどん褒め合おう」っていってて、まあけなすより褒め合うほうが建設的ではあるとぼくも最近はよく思うのですが、でも梓や……同書内で「いっちゃってるあのヒト」やら「女中」やら「土人」やら「裸同然(爆)」やらと散々小馬鹿にする言動を繰り返している人に云われても全然響かないよ……まず貴女が汚い言葉使って他人を貶めるの止めようよ……。
まあ、販売したソフトバンクは文芸の弱い会社だし、往年のベストセラー作家の名前で買ってくれる人がいればいいな、程度の気持ちだったんだろうな……。なので梓の着物おしゃべりが聞きたいという人以外は読む必要がまったくない本ですね。ハイ。
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