364 流星のサドル

06.05/クリスタル文庫(成美堂出版)


【評】う(゚◎゚)


● 腱鞘炎がひどいけどオナニーを強いられているんだ!


 圧倒的な才能で周囲を魅了する若きサックスプレイヤー・矢代俊一。ピアニストの結城滉は、はじめて会った日から俊一が気に入り、いつしか恋愛対象として激しい執着を覚えてしまっていた。決して告げることの出来ない愛情は、次第に滉の心と身体を壊していく……



 矢代俊一シリーズの番外編で、あらすじの通り、結城滉の視点から矢代俊一を見る感じで話が進んでいく。いや話が進んでいくというか、話は特にないんですけれども。

 いや、これが本当に話がなくってねー。前半はずっと「俊一見てるとチンコ勃ってやばいよー」と云いつづけてるだけだし、後半は「もう我慢できねー!」って勝手に夜の街にバイクで飛び出して事故って死ぬだけだし、ホントおよそストーリーらしきものはない。

 『真夜中の天使』がそうであったように、輝けるものに惑わされ、追いつめられ自滅していく話として考えれば、栗本薫のホモ話としてはデビュー時から変わらぬ展開とも云えるのだが、しかし『真夜中の天使』の滝は良とたくさん会話もしていれば、作中も色々と人間関係が変わっているし、良が売り出されていく戦略の数々というのが話の大筋としてあった。 

 今作の主人公ときたら、ほとんど矢代俊一と話すこともなく、ただずっと「もうたまらんもうたまらん」「手首痛い手首痛い」と云いつづけているだけで、本当に矢代俊一にはなにもしていない。一番の見所が「腱鞘炎で手首が死ぬほど痛いけど興奮しすぎてオナニーが止まらないよー」なシーンで、頭が悪すぎて和んでしまったほどだ。


 全体的に「無駄に長い。こんなので一冊にするな」の一言で、内容的には五十ページもあれば十分というかそれでも多いくらいなので、一冊丸々は時間とか資源とかいろんなものの無駄としか云いようがない。

 ただ、腐っても栗本薫というか、腐ってるから栗本薫というべきか、このストーカーとしか思えない主人公の支離滅裂で身勝手な心理が、時々妙に心を打つのも事実であり、今作ではクライマックスの、動かない右腕でバイクを駆って矢代俊一のもとへ向かおうとするシーンの「これで俊一のもとにたどりつけばすべてよくなるはず」という、なんの根拠もない主人公の思いこみが痛々しく心を打った。理屈も根拠もまるでなく、一人よがりな感情なのに、だからこそその弱さが胸を打つ。適度なエピソードを重ね適切な展開のもとに出てきたシーンだったら、泣けていたかもしれないほどだ。まあ、現実問題として「チンコチンコ」「手首痛い手首痛い」しか積み重ねていなかったので、泣けなかったわけですが。


 そもそも矢代俊一がいつのまにか今西良とおんなじようなキャラクターになっていることは不問にしても、やはりこの内容のなさは認めがたい。輝ける存在にふりまわされ執着する、という点では『真夜中の天使』と同じような話なのだが、それだけに細部のいいかげんさとストーリーの無さが目立ってしまう辺りに、栗本薫の順当な劣化が見えてしまう。まあジョニーにはジュリーという明確なモデルがいて、ジョニーのディティールを埋める小さなエピソードの数々って、かなりの部分が実際にジュリーがやったことそのまんまなんだけどね……。そして薫が知らなかったのか趣味じゃなかったのかわからないけど、拾い上げなかったジュリーエピソードにも面白いものがたくさんあるせいで「やっぱジョニーよりも本物だな!」という気分になってしまうんだけどさ……。


 ちなみに今作の主人公の結城滉は『真夜中の天使』に出てきた結城修二の弟という設定。

 が、基本的に矢代俊一シリーズは『真夜中の天使』と別世界設定である『翼あるもの』およびその続編の『朝日のあたる家』と設定がリンクしているはずで、今作のせいで時空が歪んでいるのだが、あとがきにおいて「ある時点から枝分かれした別世界」云々と言い訳をしており「ある時点からじゃなくて根っこの部分でおかしくなっているだろうが! 適当に設定をつなげていますと素直に云え!」と僕の心を嵐の中に連れて行った。


 しっかし、基本、宇崎竜童とか甲斐バンドとかの七十年代ロックか、有名な洋楽の曲名からタイトルをいただいていたのに、なんで今作は久保田利伸なんだろう……「夜を越えてゆくのさ 流星のサドルで ゴールなんてなくていいのさ」という曲冒頭の歌詞のイメージなのかな……でもあれ爽やかでオシャレな曲だから右手が痛いのにオナニーが止められない感じじゃないんだよなあ……

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