354 大正浪漫伝説 狂桜記

05.10/角川文庫


【評】うな


●あの……六道ヶ辻はどこへ……?


 庭に樹齢数百年の巨大な桜の咲き、桜屋敷と呼ばれる旧家・柏木家。だがその桜に首吊り死体が下がったときから、旧家の滅亡ははじまった――


『六道ヶ辻』は!?

 全六巻と云っていたのに全然シリーズとしてまとまる気配もなく、六冊目の『たまゆらの鏡』に『大正ヴァンパイア伝説』という副題がついて「ああ、わかっていたけど六巻で終わらせる気まるでないしシリーズ構想なんて別になかったんだな」という気持ちにさせてくれた『六道ヶ辻』シリーズはどうなったの!? 大正浪漫はあのシリーズでやるんじゃなかったの!? 出版社も同じ角川だし、無駄に『大正浪漫伝説』とかいう副題ついてるし、え、これからはあっち捨ててこれをシリーズ化するの!? もうなんなの!? お母さん薫の考えてることが全然わからないわよ!


 内容以前に、まずそんな気持ちになった本作である。

 内容に関しては、正直に云えば、晩年の栗本作品の中では文章もストーリーもかなりまともな方で、あまりケチをつける類ではない。退廃的な大正浪漫に本腰入れて挑んでやろう、という気概が漂ってくる作品だ。それでも「飼っていたみすぼらしい野良犬」などの斬新な日本語が時折交じってくるが、愛嬌の内といえる。


 が、面白いかと云われると首をひねってしまう。

 なにをいうにも使われてるガジェットのシチュエーションのすべてがあまりにもありがちで「お家もの」のお約束からなに一つ抜け出しておらず、また殺人事件を題材としてはいるものの、例によってトリックにせよ犯人当てにせよ動機にせよ刮目するような部分はなく、ミステリーとしての楽しみもほとんどないからだ。

 つまり、お家ものの雰囲気以外に楽しめるものがまるでないのだ。


 あるいは、だからこそストーリーではなくこうした雰囲気をのみ求めている人間には楽しめるのかもしれない。

 だが、乱歩や正史を一通りくぐってきた自分としては、いまさら「蔵に閉じ込められている狂女」とか「画家くずれで無職の叔父」とか「歳上の従兄弟への淡い想い」とか「実は当主が下女に産ませた子供」とか「美しいが子供にかまわぬ母」とか「燃え盛る旧家」とか「謎の狂い咲きする桜」とか、完全に食傷気味なのである。

 そして乱歩や正史、泉鏡花、比較的近年では栗本薫も若いころ大ファンであった久世光彦、そうした上の世代の人達が書いた幻想的で退廃的な名作の数々に比して、所詮は憧れに過ぎぬ栗本薫の作品は、いまひとつ及んでいない。これは自分が心酔していた全盛期のころですらそうである。

 無論、これはSFにせよミステリーにせよ、他のジャンルすべてにおいて栗本薫はそうだった。だからどのジャンルに行ってもマニアに認められることはなかった。だが、物語としては面白かった。多少下品なほどに盛り上がりどころを掴み、娯楽としては優れていた。

 翻って今作は、雰囲気を出すことに必死になるあまり、物語としては平坦で、彼女の良さがまるで出ていない。あるのは借り物のようなありきたりなシチュエーションばかりだ。だから先人たちの名作どころか、自身の過去の作品である『絃の聖域』や『大導寺一族の滅亡』の経年劣化品のようにしか見えないのだ。

 ここにある幻想耽美には、彼女自身のうちから湧いて出たものがない。すべて借り物だ。だから、物語として面白くなくなれば、評価することはできない。


 過去の名作といちいち比べていたら新作など読めなくなるし、こうした作品が一作でも多く読みたいという人間もいるのだろうから、「あの名作に比べると……」という自分の言動は難癖のようなものなのかもしれない。

 だが、おそらくはこの時期の栗本薫の全力であろうと思われるこの作品が、この程度であるということが、自分は悲しかった。

 同時期に執筆されている『ムーン・リヴァー』の作中において、作家となった島津は今作と同名の作品で権威ある賞を受賞したことになっている。この程度の作品で、そんな夢を見てしまったのかと思うことが悲しい。


 晩年の栗本薫は、まるで見たくない自身の現実を糊塗せんとするような発言と作品が目立っていた。先人たちの真似をして同列に並んだと勘違いすることではなく、見たくない自分を見つめ直し、自分だけの物語を見つけ出すことだったのではないだろうか。

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