330 グイン・サーガ外伝18 消えた女官 マルガ離宮殺人事件―アルド・ナリス王子の事件簿1


03.12/ハヤカワ文庫

<電子書籍> 有


【評】う


● ナリスは死なぬ! 何度でも蘇るさ!


 十五歳のアルド・ナリスと十三歳のアル・ディーンが暮らすマルガ離宮で、女官が次々と消える事件が起きていた。事態に気づいたナリスはルナンに秘密で事件の解明に乗り出すが――若き日のナリスの探偵ぶりを描くファンタジー・ミステリー。


 この作品は色々と人を選ぶところがある。

「グイン・サーガの世界でミステリー」「死んだナリスの少年時代」「本編には関係のないストーリー」と、完全に作者が趣味で書いている余技だからだ。個人的にはキャラクターを使ったお遊びも好きなので、こういうコンセプトの作品があること自体は別にいいと思う。

ただ、ナリスが死んで本編で書けないから若いころ書いちゃうっていうのは、惜しまれて退場したキャラなら喜ばれるだろうけど、死ぬ死ぬ詐欺を繰り返して「もうわかったから早く死ねよ」と思われてたナリス様でやられると「死んでなおも出てくるとかゾンビかよ」という思いしかないですよね……。


 まあ、そういう公式同人誌のようなものであることは受け入れるとして、そうなると気になるのはファンタジー・ミステリーとしての出来ですよね。自分はこういう特殊条件下でのミステリーというのはわりと好きです。西澤保彦の超能力系のミステリー好きだし、ファンタジー・ミステリーでは上遠野浩平の『事件』シリーズも好き。近年でも米澤穂信の『折れた竜骨』がミステリーファンに高く評価されたりとか、ファンタジー・ミステリーにはまだまだ可能性があると思うんだよね。ただ、やはり現実と異なるルールがある世界で起きる事件を読み解くというややこしさを、読者に理解させるのが難しいジャンルではある。その点、グイン・サーガにはこの時点でも百冊近い著作数があり、読者が作品世界観や文明レベルを理解するバックボーンは出来上がっているので、実はミステリーするのに適した土壌だったのではないかな、と思う。

 

 で、そんなファンタジーとミステリーの融合として本作を評価すると……まあ、ダメダメですよね……。

 まずファンタジーであるという舞台設定が活かされていない。女官が次々と消え、聞き込みをするとその女官同士の関係が女同士であるがゆえになかなか入り組んでいて……というのは、書き方次第では現代日本では有り得ない女官という立場の面白さにも成り得ただろうが、今作での描き方はどう見ても女子校のそれであり、そこに数少ない男が首を突っ込んで調査する姿は女子校にきた教育実習生が探偵をしているようである。どう見ても『優しい密室』です。ありがとうございました。またマルガ湖に伝わる怪物の伝説が実は……というのも『鬼面の研究』を思わせる。

 これらがセルフパロディとして機能していればそれはそれで面白いのだが、どうもただの手癖で自然にそうなっているようにしか見えない。栗本薫にはいつものこととしてトリックも存在せず、動機も現代ものでいつもやっているアレなので、敢えてファンタジーの世界でミステリーをする、という面白みはまったくと云っていいほど存在しない。魔道や各国の情勢、かつての内乱の末にある王位継承権の問題など、ファンタジーとして利用できるものを一切利用しないため本当に意味がない。

 ナリスの推理も晩年の伊集院大介がそうであったように「超能力者かよ」と云いたくなるほど勝手に人間関係を妄想しているだけのものであり、犯人の供述や物的証拠などもほとんどないため、説得力に乏しい。もっと根拠が示されていれば多少強引でも推理ってことになるけど、根拠レスだと妄想ですよね、やっぱり……この辺り、なぜか真相解明場面において犯人と対決させない晩年栗本クオリティの基本であるが、やはりどうかと思う。

 平然と「アリバイ」という単語が会話にでてきたりなど、ファンタジーの世界観を壊す言葉遣いもやはりいかがなものか。こういうのは地の文がギリギリのラインだと、むかし江森備に指導していませんでしたかね、へんへー……。


 ただ、そこまでどうしようもない作品だと思っているかというと、少なくとも初読時は意外とそうでもなかったな、という記憶がある。本編での様々な紆余曲折を経て性格の変わっていったキャラたちが、少年・少女時代ゆえに初期の性格で出てきているのが、なかなか嬉しかったのだ。ナリスはどうせいつの時代も暗黒微笑しているだけだから置いておくとして、当時の本編では出会うものすべての乳を揉んで股を開く性のスクランブル交差点となっていたマリウスが気弱な美少年として描かれていたり、被害者ヅラしたメンヘラ女になっていたリギアが男勝りな少女であったりと、懐かしさがあった。

 また、栗本ミステリを「様式美を楽しむもの」と割り切るなら、はじめにちゃんと事件が起き、中盤で殺人事件に発展し、後半で捕物があり……という本作は、当時の伊集院大介ものよりはよっぽどちゃんとミステリーであろうとしている。事件が前半で起きているだけ凄いと云ってもいい。


 なので、ナリスが探偵ごっこをするだけのお遊び、と割り切れば、それなりに楽しめるんじゃないだろうか、どうだろうか。

 まあ、それにしたところでやっぱり文章がひどいのが引っかかるんですけどね……同じ文中に二回おなじ形容詞や代名詞が入ってくるのとか、うっかりやっちゃうのはわかるけど直そうという努力をしてよ……読み直さないから気にならないんですかね……。

 あとあとこの作品にしか出てこないキャラクターたちの固有名詞で意味もなく混乱させてくるのはなんなんですかね……女官にシンシアとアイシア、シーラとユーラがいて別に姉妹だったりするわけじゃないとか、普通に読者に不親切だと思わないんですかね……。意図的にそうしたんじゃなくて、適当に名前つけていったら似てしまっただけですよね、絶対……脇役ならまだしもストーリーに絡んでくるからホント無意味な部分で頭使わされて面倒くさいわ……。

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