297 通信教育講座 Ⅰ(同人誌)

01.04/天狼プロダクション


【評】う(゚◎゚)


● ホモ堕ちしていたアトムくん


 伊集院大介の助手、滝沢稔は『仮面舞踏会』事件の後、事件で知り合った松田と親しくチャットをする友人になっていた。だが「Hの鉄人」を自称する女好きの松田から、ある日チャットHの誘いを受けてしまい、断ることができないまま――


 問題作である。

 何度この言葉を云っているかわからないが、やはりこれは問題作である。なにせ商業作品として展開されていた伊集院大介シリーズの根幹を揺るがし、後々にまで悪影響を与えてしまった戦犯なのだ。

 そういった意味ではグイン・サーガ本編を長いこと完全にホモカップルワールドに変えてしまった『マルガ・サーガ』と同質であるが、こちらの方がいささか巧妙というか、ゆるいファンにとっては厄介な存在であった。なぜなら『マルガ・サーガ』は本編の大筋そのものを変えてしまい、本編巻末のあとがきで宣伝までしていたので嫌でもその存在に気づかざるを得なかったが、この『通信教育講座』は同人誌まで栗本薫を追っていないと気づかない存在であったのだ。

 ストーリー的にも、『仮面舞踏会』の後、本編にまったく出てこない松田との話であるため、本編シリーズを読んでいるだけではこの話が存在していることに気づかないのだ。


「じゃあ別にいいじゃん」と思うかもしれないが、よくない。ぜんっぜんよくない。

 この同人誌を書いてから、探偵助手であるアトムくんが伊集院大介にあんまり興味がなくなってしまったからだ。


 ホームズとワトソン、明智小五郎と小林少年、御手洗潔と石岡和巳、枚挙すれば暇はないが、名探偵といえば助手との関係があってこそだ。ホモだ、とまでは云わない。だが恋愛対象でなかったとしても、彼らは互いのことをなにか特別な存在だと認識していることがほとんどだ。

 だが、こうして本編の裏でアトムくんにとっての「特別」は伊集院大介ではなく松田さんになってしまっていたのだ。

 別に有名な探偵にしろ助手にしろ妻帯者もいるので、他の相手と恋愛をしていることが悪いとは云わない。だが栗本薫はバリバリの恋愛脳である。一つのものにハマっている時はその他のものを足蹴にするタイプの女である。あらゆる情を恋愛に誤変換してしまうずぶずぶに腐った女子である。それはそれ、これはこれなんて書き方ができるわけがないのだ。

 このため、以降の本編において、アトムくんは大介のことを「扱いやすい上司」程度にしか思っていないような描写となってしまっている。


 自分は栗本薫が同人誌を出していることは知っていたが、薄い本全般に手を出さないようにしていたため、あまり情報を入れていなかった。ゆえに、アトムくんの同人誌があることを知ったのは数年後、実際に手にとって読んだのは二〇〇六年のことになる。

 それまで十年近く「うーん、なんかアトムくん、『伊集院大介の新冒険』や『仮面舞踏会』の時は、なかなかいい助手になりそうなキャラだと思っていたのに、妙に大介との絡みが薄いというか、存在感がないキャラになってしまったな……」と不思議な気持ちでいたのが、本書を一読するなり、ぼくの中のレイトン教授が「謎解明!」してしまったわけだ。全然うれしくなかった。


 これが通常のミステリーならまだしも、伊集院大介シリーズはトリックが弱くキャラものとしての側面が強い。それで助手が探偵に興味をなくしてしまったものだから、シリーズが後半になればなるほど大介が孤独な徘徊老人みたいになっていってしまったのもさもありなんというものだ。寂しい……寂しいよ……助手に見捨てられた探偵寂しいよ……。

 ていうか探偵と助手でホモっぽくしたいから森カオルをリストラしたんじゃなかったんですか……? 吉沢胡蝶とホモ逃避行するために邪魔だっただけなんですか……? アトムくんは小林少年を意識してたんじゃないんですか……? ぼくにはもう薫がなにを考えているかわからない……わからないんだ……。


 そんなシリーズ展開への愚痴に関してはひとまず置いといて、本作自体の内容である。

 収録されているのは『初級編』『中級編』『あとがき』である。あとがきまでわざわざ書いているのは、この『あとがき』が通常の作者の言葉ではなく、アトムくんが書いたというていになっているからである。は、恥ずかしい……徹頭徹尾恥ずかしい本だ……。


『初級編』の内容は、ある日、松田とチャットで会話していたら話の流れでチャットHに誘われてしまい、ついついチャットHをしてしまうというもの。

『中級編』は初級編の数ヶ月後、別のオフ会で期せずして実物の松田と初遭遇。いきなりキスをされて逃げるも、その後、家に帰って再びチャットHをしてしまうというもの。


 さて、この内容に対して、なんと云っていいものか、正直、いま困惑している。

 十年前、初めて読んだ時の感想はもうシンプルに「ア、アトムくんがこんなメス堕ちしていたなんて……キモい……キモいよ……なんでこんなことに……バカバカ……薫のバカ!」というものであった。

 ところがいま読み返してみると、こう、なんだろう、これなんだろうな……なんか楽しいんだ……。


 いや、キモいよ? 本当にもうマジでキモいんですよ。アトムくんたらはじめから完全にメス顔さらして入れて入れて状態だし、もはやネットの煽りですら見なくなった顔文字連発で笑えるし、展開がイージー過ぎて失笑ものだし、ずーっとチャットHしててうんざりするし……。

 でも気がついたらニタニタしながら「マジすかこのキモい会話w」「『やだっ(;_;)』じゃねえよ気持ち悪いww」「本名呼ばれたら勃起しちゃったって、なにそれwww」「え、ええ、サインペンを、い、入れてしまうんですかwwww」「橋本正枝もなにノリノリでM字開脚描いちゃってんだよwwwww」「ええっ!?こ、今度はエ、エ、エイトフォーを、い、入れてしまうんですかあ!?wwww」と変な笑いが出続けてしまっているのである。そもそも一度読んで内容は知っているのにだ。

 それにこう、栗本薫というのはやはり面白いつまらないに関係なく、無駄に読ませる力がある。おかげで内容確認のために斜め読みするつもりがついつい最後まで読んでしまった。そしてなんか変に元気になってしまった。めちゃくちゃなのに、とにかく作者の「これを書きたい」って気持ちは伝わってきてしまったんだなあ。


 これは紛れもなく小説道場でかの名作『影人たちの鎮魂歌』が道場主にもたらした効果は同じである。クオリティの面で云うならお話にならないが、これは生きる希望なのである。そもそも同人誌なのだ。誰得のセックスシーンがずっと続いてなにが悪いというのだ。作者がやりたかったのだから仕方ないのだ。生きる希望なのだ。エイトフォーなのだ。うう……お菊に入れるイメージがついてしまって当分エイトフォーが使えそうにないぜ……。


 と、まあ、これがオリジナル作品なら』「薫バッカじゃねえのwwww」で終わらせたいところだ。『マルガ・サーガ』に比べるとシリアスぶっていないし、横書きでチャット文体という軽さのため、頭の悪さがダイレクトアタックしてきて手早く読めるしね。

 しかしやはりシリーズクラッシュの罪は許しがたい……。でもなあ、オープンスケベの松田さん、やっぱりけっこういいキャラなんだよなあ。そもそも『仮面舞踏会』でいいキャラだったから人気があって、それで薫がこんな話を書いちゃったようなものだしなあ。いやでもアトムくんがこんなに気持ち悪いメス堕ちするとは思わなかったしなあ……。

 ちなみに本作は同人誌が頒布される四年以上前に書かれている。さすがにどうかと思って封印していたのだろうか? 封印しても大介への態度は冷めていたので意味はないのだが。うーむ、だったらいっそ助手役から降ろして新しい助手つくればよかったのに……。


 そんなわけで、想像以上に複雑な気持ちになってしまった同人誌であった。

 ちなみにこのキモさはこれで終りではなく二巻目もあり、さらに数年後にⅠ、Ⅱの内容を再録し書き下ろしを加えた『通信教育講座総集編』まで出ているが、そちらに関しては以降の項目に譲る。

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