260 グイン・サーガ外伝15 ホータン最後の戦い


1998.09/ハヤカワ文庫

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【評】うな(゚◎゚)


● ホータン編、面白くなってきた瞬間に終了


 鬼面神ライ=オンと南方神将ゾードを相手に、グインの死闘がはじまった。だがそれは同時に、北ホータンは戦火に包まれていた――


 この時期のグイン・サーガというのは実に複雑な気持ちになる。

 全体としては文章がぐだぐだしているし迫力にも欠ける。ライオン丸さんがやっぱりスナフキンの剣のワンパンで沈んでガッカリするし、その後に出てくる望星教団教主ヤン・ゲラールも、特徴的な外見もグインすら敵に回したくないと思わせる物腰もかなりの大物の風格を漂わせながら、一瞬でいつもの説明おじさんになってしまってしょんぼりする。「グラチウスとの契約は切れた」って、いくら大事なことだからって五回も六回も云わなくていいんだよ……?


 しかし後半、SWORD地区に伝説の雨宮兄弟があらわれてから、ちがう、北ホータンに悪党どもを一掃する奇襲作戦をリー・リン・レンがはじめていたという展開と描写は良かった。栗本薫は戦闘自体の描写は男性作家と比べると迫力に欠けるものの、戦う者と戦乱に逃げ惑う人々との混在する描写は上手く、血と炎とに染め上がるホータンの光景はクライマックス感があって良いものであった。やたらとグインが褒めていたが特になにもしていなかったリー・リン・レンもようやく戦術家としての実力とリーダーとしての風格を見せ、設定に描写が追いついた。


 戦いが終わったのち、ヤク漬けアヘ顔ダビルピースをキメていたシルヴィアがだだをこねる姿にはクソ女の真に迫っており、同時にそのシルヴィアに対してだけはどうにもうまく接することのできない無骨なグインの悲しさを引き立てている。この巻に限らず、シルヴィアの描写は「とりあえずぶん殴れ」と云いたくなるくらいに聞き分けがなく相手の気持ちをまったく考えることのないムカつくものなのだが、その一方でその弱さが妙に心に迫り、幸せになって欲しいと思ってしまう。もう宮廷に帰りたくないという気持ちと、ケイロニア皇家の血筋を途絶えさせてはならないという使命の板挟みでヒスを起こすシルヴィアの姿は、平凡な女が身の丈に合わぬ地位に生まれてしまったことの悲劇をあらわしている。その血筋の最大の守り手であるべき父親はそのころ部下の男を睡眠薬で眠らせ尻穴ほじって舐めていたし、その後も「血筋なんてどうでもいいからグインの子を跡継ぎにするお!」とケイロニア皇家の血を蔑ろにしまくっているので余計に切ないよ……。

 ていうかここまで追い詰めて本当にまったく幸せにしないとか、なぜ薫はシルヴィアに対してこんなにも冷淡なのか。ナリスに対する優しさの一割でもシルヴィアに与えて欲しい。

 

 こうして改めて『黄昏の国の戦士』シリーズを通して読むと、グインがホータンで最初に出会った孤児のヴァニラが実は……というところや、寺の剽軽な案内役カル=カンが生き延びてしぶとく物売りをしているところなど、一つのシリーズの大団円として嬉しくなる部分も多く、なかなかに綺麗にまとまっている。グイン・サーガ全体で見ても、ラスボス候補のヤンダル・ゾックの陰謀を描き、キタイの未来の支配者となるであろうリー・リン・レンおよびヤン・ゲラールと親交を得るなど、中原とキタイの運命が交じり合うであろう未来に向けて、期待の高まる必要なシリーズであった。(でも気さくなク・スルフおじさんはちょっと……)

 ただどうにもこうにも、会う敵会う敵が説明おじさん&おばさんと化して威厳がないのと、そのせいで無駄に長くなっているのがなあ。当初の予定通り、全三巻にまとまっていたらずいぶん良いシリーズであったかもしれない。

 面白いシーンととうんざりする部分とが交互にあらわれて、全体として評しにくいんだよなあ、この頃のグイン。プロットと設定だけなら間違いなく面白いんだけどなあ……。

 ともあれこうして『黄昏の国の戦士』シリーズは終わり、グインは本編に帰還するのであった――と思いきや、後日談的な外伝がもう一冊続くのであった。

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