255 真・天狼星 ゾディアック 6
1998.06/講談社
2001.05/講談社文庫
<電子書籍> 有
【評】 うな
● みんなホモでレイプ被害者で多重人格で完
ついにゾディアック教団の本拠地を見つけ出した伊集院大介。だが慎重に機を見計らうなか、竜崎晶が失踪したとの報が入る。危機を前に、大介は宿敵であるシリウスに連絡を取る――天狼星シリーズ最終巻。
今回通して再読したわけだが、初読時よりも面白く読めた。
初読時は「全六巻、新も合わせると全八巻もかけてこの程度?」「え、なんか全然スッキリしないんだけど何が解決したのこの話?」「つうか長々と演劇したりいらないでしょこれ」というのが率直な感想だった。だが今回の再読で、なにがしたかったのかはわかったような気がした。
ストーリー的には、前半はゾディアック教団の主犯である黒崎のプロファイリング、という名の超能力者伊集院大介による唐突なキャラ設定説明である。かなり牽強付会というか、スピリチュアルでメンタリズムな説明であり、裏付けがまったくないため説得力はないのだが、栗本ワールドでは主役の推理は裏付けなしで真実として扱われる法則があるので仕方がない。
しかし前巻で足で稼ぐタイプの調査で被害者について調べていたのに、犯人に関してはメンタリズムというのはいかがなものか。というか前巻でもうちょっと犯人の足跡について調べるべきではないのか。
中盤で逆恨みから襲われた晶に多重人格が発動し、殺人鬼・刀根を隷属させて行方不明に。
途中の巻の感想で「作中劇の内容が本編とリンクしていない」という不満を述べたが、よく考えればあの舞台で中二病のかまってちゃん王子を演じきったことが、晶の中にいるもうひとりの人格や、そうした人格がいつ呼び起こされるかわからない不安定さを描いていたのだろう。前章であり『新・天狼星』が、役を演じる晶の内面をしつこく描写したのは、その部分に説得力を出すためだろう。
つまり、紙幅の割き方が過剰すぎではあるが、構成的には意味があったのだ。が、その描写が多重人格というよりすぐになりきって調子に乗ってしまう痛い子にしか見えなかったので、描写の方に問題があったのだろう。
晶がゾディアック教団に対して報復しようとしていることを察した大介は、黒崎との面会を求める。しかしレオナの周辺にいたもうひとりの「ケイ」である腹心の榊原に捕まり、押し問答をしているうちに「昔は族のヘッドとして女とやりまくってたけど今はホモに目覚めて黒崎一筋なんですよ」と聞いてもいないホモのノロケ話をきかされ始める。
「またホモか」というのはいいとして、なぜそんな駆け足でカミングアウトしてくるのか。前半の黒崎のスピリチュアルメンタリズムもそうだが、3.4.5巻と紙幅は十分にあり、特に五巻は彼等の地元に云って素性を調べるというくだりだったのに、なぜそこで彼等の過去をしっかりと掘り下げず、最終巻でダッシュで台詞だけで説明してしまうのか。最初から全六巻予定だったのに打ち切り展開過ぎないだろうか。
黒崎がいつの間にか晶に呼び出されていなくなっていることに気づき探しはじめ、ゾディアックの本拠ビルを駆け巡る大介とホモ。駆けずり回りながら「あいつもかわいそうなんだ。アメリカでホモのプロデューサーに集団モブレされてから多重人格化して魔王さまになっちゃったんだ」と訊いてもいないのに説明をはじめ、だからなぜそのくだりをもう少し前の巻でじっくりと描かずダッシュで説明するのかという気持ちになる。
だが、この辺りのくだりは、なかなか良い。ゾディアック本拠ビルが、リサイクルショップ、カラオケボックス、バーなど複数の商業テナントで構成されており、ひとつひとつ見るとただの店に見えるが、一階でソディアックカードを売買し、二階でゾディアックの音楽を聴き、三階で密閉空間で特殊な香やサブリミナル映像をかけながら音楽を流して洗脳し……と、カルト集団ゾディアックの総合洗脳ビルとなっているところなどは、江戸川乱歩の『パノラマ島綺譚』などの怪奇趣味を現代的な趣向で蘇らせた感があり、知性を失いゾンビのようになった人々がたむろするビルの中を駆けめぐるシーンは、栗本薫の執拗な筆と相まって、独自性と迫力のあるシーンとなっている。(訊いてもいないホモのカミングアウト以外は)
また、この展開になって急速にゾディアック教団が、これまで話の中心と思われていたヴァンパイア事件は前座に過ぎず、晶こそが大介のおそれていたシリウスを継ぐ脅威――すなわち新しい天狼星であったのだと理解させるのは、構成として面白い。
そしてついに邂逅する刀根を従えた別人格の晶、その内にルシファーと呼ばれる狂人を秘めたゾディアック教団の主犯黒崎、大介の求めに応じて姿をあらわした魔人シリウス。
自らの美学を求める前時代的な猟奇殺人鬼のシリウス。先進的な洗脳によって子供じみた過剰な自意識を埋める現代的サイコパス集団ゾディアック。殺人鬼を従え、自らを軽んじたすべてに怒りをあらわしどこに突き進むかわからない新しい竜崎晶。果たして新時代に恐怖を呼ぶ真の天狼星は誰なのか――。
このクライマックスのシチュエーションは、考えるだけで面白い。これがつまらないわけがない。
のに、なぜか知らないが読んでいてそんなに面白くはない。いや、だれまくった中盤よりは明らかに面白いのだが、最高の道具立てから想定されるほど面白くないというか……。会話が長ったらしいからなのか、筆に迫力がたりないのか、とにかく三人ともしょぼい。なんかしょぼいのだ……。
というか稀代のシリアルキラー二人と、それをしのぐかもしれないシリアルキラーの卵がいて、全員ホモを従えただけで実行能力ゼロというキャラのかぶり具合はどうなの……? 薫がクレイジーブサイクホモに傅かれる暗黒微笑お姫様がナンバー1!という性分なのはよく知ってるけど、やりすぎでしょ……。しかも全員多重人格設定だし……つうかシリウスが突然多重人格だとかいい出すし、しかも最後の方で「私は多重人格ではありません」とか云ってるし、どっちなんだよシリウス……薫の多重人格ってなんなの……? 中学生のころに影羅という人格がいた妹なの……?
そんな三人と大介が舌戦を繰り広げて、まあなんかいろいろあって晶はなんとかなったしシリウスはフランスに行ったしゾディアック教団は壊滅しました、おしまい。という話なんですが、うーん、なんかすごいすっきりしない……。「晶の多重人格の問題それで解決ってことでいいの?」とか「ゾディアック教団しょぼすぎない?」とか「復活したシリウス放置なの?さすがにこの後のシリーズで絡んでくるよね?(きませんでした)」とか、まあ理屈的に突っ込みたい部分もあるんだが、それ以前に直感的な感想として「なんか無駄に長いだけで盛り上がりに欠ける話だったな……」となってしまうのだ。
自分がわかりやすい盛り上がりを求め性分である、というのはある。今作には犯人当てやトリックの推理、犯人の動機を探るといった、ミステリーのゲーム的楽しさはない。それで盛り上がりを感じ取れなかったのだろう。だが今作の一番の転換点である、脅威がゾディアックから晶に移るくだりが、最初から見え見えで驚きに欠けたのと、そこまでヤバそうに書いておきながら簡単に大丈夫になってしまったオチの呆気なさには物足りなさを感じざるを得ない。
どちらかと云えばじっくりと調査を進めることによって被害者や加害者の人間像が見えてきて、それが現代社会の病理を浮き彫りにしていく社会派ミステリー的な進め方が、自分好みではないというのは認める。だが先にも書いたとおり、肝心のゾディアック教団の中心人物二人に関してはほとんど調査せず、当人たちが聞かれてもないのに長台詞で説明してくれるというのは、非常に興冷めであった。闇落ちしたのが結局ホモレイプだったのも「またいつものか」という感じしかなかった。
特異な個人であったシリウスとは違い、ゾディアックが特異な集団ではないがゆえに、類似の集団がいくらでもあらわれるかもしれないことこそがおそろしいという話の持っていきかたも、説得力よりも「ゲーム脳とかゲームに影響された犯罪とか云いだす老人かよ」という反発心の方が強くなってしまった。なにより「現代ならばどこにあらわれてもおかしくない犯罪者」という設定と、どうしてもクレイジーホモを従えた美形を犯人にしてしまう薫の悪癖が致命的に噛み合っていない。
最初の方の巻でも書いたとおり、今作の設定は十分に魅力的だ。最後まで読み直して、初読時よりもその気持ちは強くなった。料理の仕方によっては伊集院シリーズを代表する傑作になりうる素材が、たしかにここにあったのだと断言することができる。古色蒼然とした名探偵の末裔としてあらわれ、現代の事件に挑む伊集院大介だからこその、前時代と現代をつなげる独特のミステリーになり得たはずだと思う。
だが、率直な感想として、本作はいまいちな作品としか云いようがない。
選ばれた天才美形を描いてしまう癖が悪かったのか、舞台への傾倒が過ぎて作品としてのバランスを崩してしまったのが悪かったのか、全六巻という構想に油断してだらだらとした文章が続くのが悪かったのか、年々冗長になっていく長台詞がいよいよ臨界点を迎えた時期なのか、構成がぐちゃぐちゃなのがいけないのか、チラ見せされているアトムくんの恋人がいつストーリーに絡んでくるのかと思っていたら単に裏で書いていたホモ同人とリンクさせていただけなのが悪かったのか。
まあその全部が一因ではあろうが、もともとバランスの悪いところが魅力にもつながっている栗本薫で、どれかが致命的な原因とも思えない。単に文章が下手になっただけなのかもしれない。
刊行当時は単に「長いわりにいまいちな作品」程度にしか思っていなかったし、その後は「結局死んだはずのシリウスが蘇ってしまって旧シリーズが台無しになっただけだし、蘇ったのにこの後の出番は一切なくて本当に無駄だったし、この後のシリーズでちらちら出てくる晶が単なるチャラ男にしか見えなかったし、なかったことにしたい作品だな」と思っていたが、改めて設定の魅力を思うと、とても惜しい気持ちになる作品であった。
あといま気づいたんだけど、新と真を合わせて全八巻完結って、完結した栗本作品では『終わりのないラブソング』全九巻に次ぐ長さじゃない? 終わらぶがなげっぱなしエンドだったことを考えると、ちゃんとまともに終わってる作品としては最長じゃないのこれ?えー、これが最長の完結作品かあ。やっぱりなんかいろいろもったいないな……。
今作が他の読者にどのような評価をされているのか、自分はまったく知らない。だが『仮面舞踏会』『伊集院大介の新冒険』から連なる、古い時代の名探偵が現代社会の生んだ病理に挑むといった作風は、次作『タナトスゲーム』で最後となり(この作品は、しかし初期作『ぼくらの気持』のセルフコピーに過ぎなかった)、伊集院シリーズは過去の追想を主とする時代に逆行した作品ばかりになっていく。この現代を描いたシリーズ最大の大作が、思ったほどの手応えや反響を得なかったのであろうことは想像に難くない。
まあ、単に97年に公演した『ミュージカル天狼星』で八千万円の大借金背負ってトラウマになっただけかもしれないけどね!
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