252 真・天狼星 ゾディアック 4

1998.04/講談社

2001.04/講談社文庫

<電子書籍> 有

【評】 う


● 日米無能警察物語


 ビック・アップル・ヴァンパイア事件とトーキョー・ヴァンパイア事件の関連性を知り、ニューヨーク市警からやってきた捜査官が大介の事務所を訪れる。大介の推理により、新時代のカルト教団ともいうべき犯人の姿が浮かび上がり、慎重に捜査が進んでいくなか、再び竜崎晶の共演者が殺され、警察は晶に疑惑の目を向ける――



 ほとんどが作中劇に費やされた前巻と違い、ニューヨークと東京、二つの場所での連続殺人の共通点と相違点についてじっくりと語られ、ようやっと本題に入り込んだ感じのする巻である。

 下ネタじみた刻まれ方をしていたり、スパゲティがぶちまけられていたりと、猟奇的かつ子供のいたずらや癇癪じみた状況の死体の説明はなかなか微に入り細に入ったものであり、アンドレイ・チカチーロやジェフリー・ダーマーなど、実在のシリアルキラーを幾人も例に挙げて説明していくくだりは、栗本薫としては稀有なほどに資料を調べて書いている感じがして、力の入れ具合を感じる。

 九十年代は映画『羊たちの沈黙』を皮切りにシリアルキラーやプロファイリングが有名になり、日本でも『週刊マーダーケースブック』なる雑誌が出たり、平山夢明のノンフィクション『異常快楽殺人』が上梓されたりなど、こうした作品が相次いだ時代であった。

 原作小説を読んだのか映画を観たのか、それとも設定を小耳に挟んだだけなのかはわからないか、(多少ネタバレになるが)本作の後半の展開「宿敵であるシリウスの助言を得てシリアルキラーの捜査を進める」という部分は、まさしく『羊たちの沈黙』からの着想であろう。

 八十年代なかばから時代遅れ感をほとばしらせていた栗本薫としては、本当に珍しいほど時代に沿った作品なのだ。


 浮かび上がってきた犯人たちの姿が、インターネットや若者の口コミ、極小のライブハウスや自家通販のCDなどの現代的アングラな方法で新しい形のカルト教団を作り、聲明などの宗教的な技法も取り入れた音楽で、サブリミナル効果や洗脳・催眠効果を生み出し、新しい形の黒ミサを行っているという設定も面白い。


 が、説明長すぎだし展開おせえな!

 ニューヨーク市警からやってきたという向こうの警部は、「なんでFBIじゃなくてニューヨーク市警が来るんだよ」というは置いといても、どうにも最先端の犯罪心理学をおさめている人間の会話とは到底思えず、そして無能である。なにが無能って、被害者と同棲していた彼氏に大介が話を聞きに行ったら、重要な事実をペラッペラ話してくれるの。その聞き込みを警視庁もニューヨーク市警もこれまでまったくしていなかったというね。お前、被害者とたびたび痴話喧嘩してたフリーセックス万歳のダンサーなんて、おもっきり怪しいじゃねえかよ。ちゃんとたどり着けよその程度。

 そんな当たり前のこともしないで、何十ページもずっとシリアルキラーのことについて話してたりするので、無能感が本当に凄い。この辺り「日米を股にかける新時代のシリアルキラー」という設定に、栗本薫の感性や下調べがまったく追いつけていない悲しみがある。かつて小説道場で門弟の作品に対して「美大生の会話とは到底思えない」「八百屋の兄ちゃんじゃないんだから」「漫画と小説の会話は違う」と散々説教垂れていたが、後期栗本薫の会話のダメさはまさにそれそのものなので切なくなってしまう。

 山科は警視庁のお偉方とはいえ大介の昔なじみということである程度ごまかしがきいたが、ニューヨーク市警の犯罪心理捜査官なんて出しちゃったから、行動も台詞も一気にひどく見えてきてしまったんですよね……。この問題は『グイン・サーガ』でこの後どんどん深刻化していき、ただのおちゃらけ爺さんと化した大魔導師や気さくな言葉で井戸端会議に興ずる選帝侯を生み出してしまうわけで、やはりこの時代になんとかすべきだったと思うのです……。


 閑話休題。

 ともあれ、ストーリーが進んだはいいが、ストーリーにそったシリアルキラーの捜査がはじまったために、描写や展開にボロが出始めてしまったという悲しい巻である。

 また、「竜崎晶は特別」という天才ageも、巻を追うごとに激しくなっていき、あまりにヨイショされまくるので読者がどんどん冷めていってしまうという、いつものアレが完全にはじまってしまった。

 一方で、同じ舞台に出ている被害者の元カレのダンサーが、晶に対する「こっちは必死にやってるのに天才とかずるい許せない」という嫉妬丸出しトークは、全然共感できないのに妙な迫力があり、選ばれた者へのジェラシーを語らせると薫は本当にどす黒く輝くなあ、と感心してしまう。でも無駄に長過ぎ。

 あと薫の劇団がそうだったのかもしれないけど、ダンサーとか役者がいつもフリーセックス万歳過ぎて引く。舞台人はどんだけフリーセックス種族なんだよ……。いやまあ、むかし自分の知り合いにいた劇団やってた奴もフリーセックス万歳だったから正しい認識なのかもしれないけど……。


 そんなわけでストーリーというか設定は面白いのだが、展開の遅さと会話の冗長さと描写の微妙さで、なんとも云えない味ですねえという感じだ。自身の着想に技量が追いついていないというか……。一巻ごとに着実に文章が雑になっていってるのも辛い。一文の中に何度も同じ接続詞や修飾語が出てくるという、栗本薫の悪癖も巻を追うごとに増えてるしね。(これがあると一気に素人臭くなる。まともな校閲なら絶対にチェックを入れるため、商業作品では滅多に目にしないから)

 

 あとまあ、これは作者はなにも悪くないんだけど……ボーカルが魔王と呼ばれていて、悪魔的な歌ばかり歌ってる白塗りのバンドって、当時でも「『聖飢魔II』かな?」という感じではあったんだが、いまとなっては完全に犯人はクラウザーさんにしか見えないですよね……洗脳音楽の曲名は『SATUGAI』かな『デスペニス』かな……。

 果たして東京タワーはメスの顔をするのか……緊迫の次巻に続く。

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