243 グイン・サーガ外伝12 魔王の国の戦士

1997.12/ハヤカワ文庫

<電子書籍> 有


【評】うな


● グイン、中国に立つ


 グラチウスの力により、単身キタイの古き都ホータンへと転移させられたグインは、ホータンのどこかにあるはずの<さかしまの塔>を探す調査をはじめる。そしてグインは魔都を取り巻く戦乱の状況を知り、そこで戦う若者たちと出会う――


「グインでございま~す」という感じである。

 本巻のほとんどは、魔都ホータンの描写や、悪漢共がしのぎを削っている状況の説明に費やされている。

 背の低い家屋と無数の塔が林立し、露店が並び屋台でそばを啜り、路地裏では人さらいや人食いが横行する怪しげなホータンの姿は、明確に古代中国や、魔都と呼ばれていた時代の上海をモデルにしているものだ。

 グイン・サーガの魅力に、異郷を訪れた際のこうした描写が細かさがあるのは事実だが、しかし描写が長すぎる。ことに悪漢どものチームがしのぎを削るSWORD地区のような北ホータンのSENGOKU図はたしかに面白くはあるが、それが言葉で一気に説明するだけなのである「あの……車のボンネットに乗ったまま突っ込んだりしないんですか……?」という気持ちになってしまう。面白くなりそうな状況の説明はやたらとするけど、起こりそうな事件が起こらないというのは、栗本薫には昔からあったことだけど、この時期から悪化しているんだよなあ……。

 新キャラである孤児のヴァニラや、勝ち気な美少年シャオロン(ホモ)や、若者たちの指導者リー・リン・レンなど、それなりに面白くなりそうなキャラ配置は出来ているのだが、特に事件は起こらないので「一体なんのために出てきた……」という感が強い。いやホモは作者の趣味だろうけど。


 おかげで冒険している感じではなく、観光している感満載である。

肝心のさかしまの塔探しも「お前らの部下に探してもらって」「お、見つけたで」という一瞬で終わる有様だし……。

 とはいえ薫のほうでもそれをわかっているのか、後半でさかしまの塔に到着すると、入場料を払って坊さんに案内されながら見学するという方向にふっており、これはこれでちょっと面白かった。猫に好かれてそうな名前の坊さんカル=カンも、実はレムスにとりついた魔道士カル=モルの遠縁っぽいことが臭わされてニヤリとするポイントもある。

 その後ではじまるさかしまの塔の罠も、完全にSASUKEのようなアトラクション感覚でほとんど緊張感はないが、グイン選手が余裕でクリアしていくところはなかなか楽しい。

 そんなわけで日曜夜六時半に放送される『グインさん』だと思ってゆるく読む分には、街の描写に気合が入っているし、悪くはない巻ではある。


 しかし淫魔ユリウスが出てきてからとみにファンタジーらしい言葉遣いというもののハードルが下がり、淫語を「***」とピー音のしそうな感じに表記するわ、ホータンの人間がセックスのことをHといっちゃうわで、さすがにもうちょっとなんとかならんものか、と思ってしまう。

 初期のころ、イシュトが「ナムサン!」と云ったことに対する批判に、「こうした長編というものはある種の大雑把さが必要だと考えている」という返答をした薫であるし、そのことにある程度は同意しないでもないのだが、ここまでくると「超えちゃいけないライン考えろよ」と云いたくなる。


 あと、これはいたって個人的な感覚なのだが、キタイが中国まんまであったことに、少なくない失望感があったことは否めない。

「本編で散々言及していたのにいまさら気づいたのかよ」と云われるかもしれないが、まさかここまで中国まんまと思ってなかったんだよ……。そして西洋風ファンタジーの世界で、東の国とかいって中国や日本の文化が出てくるのが、なんか好きじゃないんだよ……。まあゲームだと日本人がプレイしているし、ニンジャとかサムライとか日本刀とか、ゲーム映えする職やアイテムがたくさんあるからわからないでもないんだが、中国は思い入れがないので、「それは別の作品で良くない?」という気持ちになってしまうんですよ……。

 そんなわけで、キタイがこういう場所だったことに、ちょっとガッカリしてしまったのは事実なんですね……。中国好きには逆に盛り上がる部分だと思うんですけどね……すいませんね……。まあ薫は旅行に何度か行くくらい中国好きだから仕方ないね……。


 ともあれそんな感じで、ちょろっとだけストーリーが進んだと思ったら「次巻に続く」という、外伝の基本であった「一話完結式」をこれまでにも増して完全に投げ捨ててしまう巻でありました。

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