242 夢幻戦記 1 総司地獄変 上

1997.12/ハルキ・ノベルス


【評】うな(゚◎゚)


● 大河SF伝奇開幕


 幼い沖田惣次郎は自分が人とは違う特別な力を持つことに気づいていた。草木と話し、時空間を跳躍し、現実のような奇妙な夢を見る惣次郎の力を求め、怪物どもがつけ狙う。新撰組最強と謳われた沖田総司を題材に、壮大なSF伝奇が幕を開ける。


 角川のお家騒動の末に設立された春樹社長の新しい出版社、角川春樹事務所から新たな伝奇シリーズのはじまりである。しかし改めて考えると出版社の名前として凄いよな、角川春樹事務所。誰かに後を継がせる気ゼロかよ。

 さておき、もともと栗本薫は春樹に気に入られて角川で大きな仕事をしていた口だった。なんかよくわからないお守りとかもらってたみたいだし。『魔界水滸伝』はいかにも春樹好きする話だしね。『キャバレー』もなぜか春樹自ら監督で映画も撮ったし(糞映画だったけど……)。

 そんな春樹の再出発、薫に声がかからないわけはないのであった。

 が、こちらとしては『新・魔界水滸伝』の続きは?という気持ちが少なからずあった。まあこの時はまだ「いずれ出るだろう」くらいの心構えだったんだけどね……まさかあのまま中絶なんてね……。


 さておき『夢幻戦記』である。ちゃんとシリーズとしてナンバリングされたものの長さとしては『グイン・サーガ』『魔界水滸伝』に続く長さとなる、栗本薫第三の長編シリーズである(同人誌も入れるなら晩年の矢代俊一シリーズが魔界水滸伝すら抜いてしまうんだけどね!)

 が、このシリーズ、話題になっているのをついぞ聞いたことがない。むかし栗本薫のファンでした、というタイプの人でも、『夢幻戦記』なんか聞いたこともないという素振りだ。新撰組ものなのに!腐女子の大好きな新撰組ものなのに!なんで!

 いや、ま、理由はなんとなくわかるんですけどね……。


 今作は栗本薫作品の中でも、もっとも厨二病が炸裂した設定の話である。なにせ沖田総司が超美少年で、最強剣士で、超能力者で、輪廻転生しまくってて、あらゆる次元から化け物に狙われている、という盛りっぷりだ。『薄桜鬼』だってこんな盛ってねーよ。


 物語は総司がまだ惣次郎という幼名であった九歳の時点からはじまる。草木や動物と話せ、瞬間移動できてしまう惣次郎が特別すぎてマジ辛い上にマジ美少年でヤバイ、という説明が冒頭からだらだらと続き、多少げんなりとはするが、そんなことでは栗本薫を読んではいられないので置いておく。いちおう、初読時には美少年に見えていましたね、ぼくは……。

 基本的には史実に沿って物語が進行しつつ、その合間合間に夢か現かわからない状態で70年代SFワールドに飛び、そこで敵に追われたり仲間らしき戦士に助けられたりして進行する。そしてその夢の内容が現実とリンクしていって……という、わりとオーソドックスな伝奇の作りをしている。

 九歳の総司が天然理心流道場に預けられ、頭角を発揮し、十二歳のときに安政の大地震が起きるまでが一巻目の内容だ。新撰組ものとしては京に出るのもずっと先で、土方歳三すら登場していないという地味さである。

 だが、山南敬助を総司の最大の理解者であり、夢の世界に出てくる戦士とそっくりな重要人物として描いているのは、なかなかの着眼点だ。

 説明するまでもないだろうが、この山南という人物は新撰組のなかでは面白いポジションにいる。ともに上京した古参組でありながら天然理心流の門下生ではなく客分であり、文武に優れ人徳もありながら新撰組結成後は政治活動で土方に破れ孤立し、女に溺れた後にまるで自殺するように処刑された、能力の高いボンクラである。

 こうしたわりと中期で脱落する悲運の人を重要人物に据えることによって、今後の悲劇を予想させつつ、それがトンデモ設定で変わるのかどうか、という妙味がある。


 他の新撰組隊士も、勝ち気でいじめっ子だがさっぱりとした気性の永倉新八や、新八とつるんでいる原田左之助など、無難に魅力を引き出しているし、歴史物としての必要な説明もくどくない程度に抑えられている。新八との手合わせや秋月藩邸への出稽古、夢の世界であらわれるおぞましい怪物に、夢であらわれた敵サキ・ローランドが名を変えて現実にもあらわれるなど、物語としての見せ場はそれなりに用意されており、安政の大地震が実は……というハッタリも決まっていて、長編シリーズの出だしとしてはまずまずの仕上がりになっている。あとは文章がもうちょっとしまっていたら……いや、時期が時期だしそれは云うまい。(云わないとは云っていない)


 読むなり夢中になった、とは言い難いが、新撰組ものという手堅い題材であることもあり、次の巻に手を伸ばさせる力はあると思う。ところどころ致命的にセンスがださいが(一級サイコ戦闘士とか)、デビューより二十年経とうとしているベテラン作家だということを考えると、だれだってある程度は致し方あるまい。

「まあまあ面白いけど、あんまり長くならずに綺麗に収まるといいんだけどな……新撰組ものだから終わりは決まってるから大丈夫かな」というのが当時の感想である。

 ま、全然だいじょうぶではなかったし、想像以上にひどいことになるからいまから今作を読むのは無謀というものですけどね!


 あ、そうそう、この話、シリーズタイトルより『総司地獄変』という巻タイトルのほうが先にあったらしいんですけど、このタイトルはけっこう好きですね。某剣戟対戦格闘ゲームのサブタイトルみたいだしね。だからいっそ上下巻だけで終わらせてほしかったですね……。

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