226 新・天狼星 ヴァンパイア 恐怖の章

1997.02/講談社

1999.02/講談社ノベルズ

2000.02/講談社文庫


【評】うな


● 妄想舞台の紙上公演


 天狼星事件の後、ミュージカル役者を目指し上京してきた竜崎晶は、とあるオーディション会場でビッグ・アップル・ヴァンパイアという奇妙な事件の噂を聞くのだが……



『恐怖の章』『異形の章』とタイトルがついているが、要するに上下巻である。どちらが上巻がわかりにくくて非常に困る(ちなみに恐怖の方が上巻である)。話が完全に続きものなので『異形の章』までの感想をまとめて書いてしまう。


 これは問題作である。栗本薫には問題作が多いが、やはりこれは問題作としか云いようがない。

 まずせっかく完結した天狼星をまたやるの? なんで? という問題である。

 ヒット作のあと何回も打ち切りを喰らって結局ヒット作の続きを書く漫画家でもあるまいに、いろいろ書いているのになんでまた天狼星をやろうというのか。シリーズ通して危なっかしかったのがⅢでなんとか格好のついた天狼星をまた引っ張り出そうというのか? せっかく帰還した伊集院大介をまた眼鏡を外したら美青年にするつもりなのか?

 そして『天狼星Ⅲ』で主役だった竜崎晶の続投。これもまた自分的には問題であった。栗本薫の美少年キャラには基本うろんな視線を送るぼくであるが、竜崎晶はけっこう好きだった。それが成長して再登場となってしまったのだ。「こう見えて男らしいんだぜ」というアピールがやたらと鬱陶しいこの才能のなさそうな役者志望の雄ガキが、あの美少年の成長した姿であると信じたくないものがある。演出家として幾度も舞台に関わった結果として、才能のある役者をこのようにしか描写しかできないのだとしたら、よくよく役者をちゃんと見ていないかろくな役者と関わってこなかったか、どちらかだと思ってしまうのはいけないことだろうか?


 ちなみに「なぜまた天狼星を?」という疑問の答えは、当時は知らなかったが単純なことである。この小説の発売された翌月より、中島梓演出の舞台『天狼星』が上演されたのだ。要するに、舞台の宣伝として書かれた本なのである。あるいは単に舞台をやっていて続きを書きたくなったのかもしれない。ともあれ後の『キャバレー2』もそうだが、なぜいまさら続編を……と思った背景には、たいてい舞台の存在があるのだ。

 

 そうした経緯が、今作の最大の問題点にもつながっている。

 架空の舞台の紙上公演をしてしまったことだ。。そう、何百ページにもわたって舞台のシーンが続くのだ。今作は基本的にはこの紙上公演がやりたかっただけの作品である。猟奇殺人事件は話題に出るが、まったく解決することがないまま『真・天狼星』に続く形で終わっている。

 舞台との相乗効果を狙いながら、続編となる大長編につなぐ、となると立派なメディア戦略のようにも思えるが、しかしそれは作品の出来が良くてはじめて成立するもの。今作で紙上公演される舞台『炎のポセイドニア』ときたら、これがもうまったく面白そうではないのである。

 一応、舞台に次第にのめりこんでいく晶の姿はそれなりに説得力のあるように書けているのだが、肝心の舞台が本当にもう、恥ずかしさしか感じないのである。これは自分が舞台に興味がない人間だから仕方なかったのであろうかと思い、後年、本気で舞台役者をやっていたことのある栗本薫ファンの友人に感想を聞いてみたところ、こだわりがあるだけに自分よりもはるかに辛辣で「で……ですよねえ~」という気分になってしまった。

 いずれにせよ個人の感想の域ではあるが、この舞台を見たくないという気持ち。それだけはたしかだから……。


 ちなみに舞台『天狼星』は作品としては知らないが興行的には大失敗に終わった。『グイン・サーガ 炎の群像』で五千万円、『天狼星』で八千万円の借金であったという(金額は逆だったかもしれない)。

 おそるべきは天狼星……。伊集院シリーズを方向転換させてしまい仮死状態にさせ、ようやく軌道にもどってきたシリーズを再び脱線させ、舞台で大借金まで背負わせるという、栗本薫にとって見事な凶星ぶりである。


 ともあれ、ミステリーとしては読む必要はまったくないが、舞台の紙上公演というキワモノが読んでみたいなら、手を出してみるのも一興かもしれない。

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