207 元禄心中記録 ―地の巻―

1995.09/光風社出版


【評】うな(゚◎゚)


●「とりあえず心中」こそ栗本文学(地)


 天の巻同様、若い頃に書いた時代ホモ小説をまとめたもの。

『心中油地獄』『心中乱菊記』『小日向心中』『元禄心中異聞 松蔭組秘録』『元禄心中異聞 椿説沢蛍火』の五編を収録。


『心中油地獄』

 吉保お抱えの剣術指南役が辻斬りにあい横死、道場の高弟である神崎兵庫が後を継ぐこととなったが、この兵庫がとんでもないド変態の悪人で、師の息子をいいようにいたぶってました、という話。

 南條範夫か、というノリの変態剣客残酷絵巻。上記の巨匠たちの影響か、自分の中でも「剣客=性的倒錯者」というイメージがわりと定着しているため、美少年を拉致監禁してミザリーよろしく出歩けない身体にしていいようにしつつ、その裏で吉保の凶刃として暗躍する兵庫の姿は、意外とすんなり受け止めることができた。チャンバラシーンも、さっと書いてはいるがそこが逆に一太刀にかける刀の斬り合いらしい雰囲気が出ていて悪くない。

 ただ名声欲も強くのしあがろうとしていた奴が、うっかりやってる最中に相手を殺してしまって「もうだめだー」と心中する結末は、あいかわらず心中に逃げて適当に話を終わらせたな、という感じにしか映らない。ド変態でもいいから、もうちょっと愛欲と権勢欲をバランスよくもって、それにそった死に方にして欲しい。

 ストーリーとはあまり関係ないが、今作では吉保が護身用として「南蛮渡来の六連発」を有している。リボルバータイプの祖が開発されたのが十八世紀前半と云われているので、一七〇三年に幕を閉じた元禄時代の吉保が、六連発式なんて高性能なリボルバーを持っているのはどう考えてもおかしいのだが、そんなことを気にしてこの作品を読んでいる人はいないと思うので、ぼくも積極的に見なかったことにしていきたい。


 『心中乱菊記』

 鬼と呼ばれる同心が自分から十手を掏っていった少年を捕まえたところ、美少年だったので思わず茶屋に連れこんで掘っちゃった、というどう見てもAVにしか見えない話。よくあるよね、コンビニ店長が万引き○○と~、みたいなシリーズ。こういうところからも、栗本薫が若かりし頃からも男のようなエロ脳をしていることがうかがえてて素敵です。

 受けの子に倫理感が足りず、目の前の欲につられてふらふらと相手についていくところがリアルなバカビッチっぽくてなかなか面白いが、後半はいつものごとく、攻めが突然に錯乱して心中沙汰になって終わるので、続けて読んでいるとさすがにもう飽き飽きしてくる。


『小日向心中』

 ふらふらとやってきた変な浪人が寺小姓を見初めて拉致してハメたら実の息子でした、というドラマチックながらも頭の悪い展開で、ケータイ小説のようでたまらない。しかし、その浪人の事件にいたるまでの経緯が、終盤の長台詞で一気に語られるだけなので、まったくついていけない。チンコつっこむよりも先にこの過去をつっこんで書けよ、と素直に云いたい。


『元禄心中異聞 松蔭組秘録』

 吉保の抱えていた少年ハーレムにいた二人の美少年が、二人でちゅっちゅくしていたので怒って処分してしまう話。自分のおてつき二人がちゅっちゅくしてたらむしろ興奮してもいいんじゃないかというおっさん的な疑問はあったが、恋情によって変わっていく美少年の姿や、火傷で醜くなった男を出して吉保と対比させるなど、そこそこうまく書いている。


『元禄心中異聞 椿説沢蛍火』

 綱吉と吉保の出会った頃と、綱吉の死と吉保の失脚を描いている。吉保をからめた短編集の最後に吉保自身の話をもってくる構成はおもしろいし、話自体も主従というよりは一個の奇妙な融合体となっていく二人の縁を、短い枚数でうまくまとめている。吉保の死をもって絢爛な元禄時代の終わりとし、質素と倹約の吉宗時代へと移っていくという〆かたも見事。連作の最後を飾るのにふさわしい一篇。



 基本的に「困ったらとりあえず心中」の原則に従った強引な心中話が多く、続けざまに読むと単調に感じる連作集ではあるが、文章が時代物の雰囲気を壊さぬように留意されうまく書けているし、江戸の歴史と風俗を適度に感じさせつつ物語を読み解くのに邪魔にならない程度におさめるバランス感覚もいい。

 ストーリー自体は安易なホモ妄想ばかりとは云え、若き栗本薫の読書量と勘のよさをしのばせる巧みさが際立つ連作集だった。しかしなんでもかんでも心中ってのは、やっぱりどうかと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る