206 元禄心中記 ―天の巻―

1995.09/光風社出版


【評】うな(゚◎゚)


●「とりあえず心中」こそ栗本文学(天)


 天の巻、地の巻の上下巻になっており、天の巻に『無明火心中』『前髪心中』『心中西国譚』『心中夢浮橋』『くちなわ心中』の五編収録。

 出版こそ一九九五年だが、基本的には若い頃に書き溜めていた作品で、いずれも五代将軍徳川綱吉時代に、綱吉の寵愛を受けて大老として権勢をふるった柳沢吉保が登場する。


『無明火心中』

 吉保の命により綱吉の小姓として召し抱えられることになった病弱の美童が、その兄によくわからん理屈で犯されて殺される話。

 兄なりの愛と思いやりがレイプで心中という、若い頃から一貫して変わらぬ栗本先生のいつものアレである。


『前髪心中』

 吉保はほとんど関係ないちょい役で、ドSの男色家である信濃守に犯されいたぶられる小姓と、その小姓がプラトニックに愛していた美童の話。

 ドSで自身に苦しみを与えるだけであった主の死に、それでも追腹を決意する武家社会の悲しみを描いている。しかし十二の美童がぶりぶりぶりっこでちょっと気持ちわるい。この辺は若い頃から変わらなかったのだな。


『心中西国譚』

 京都の呉服屋の後継ぎである少年が、呉服を届けた先で武士に犯され、反抗して相手の武士を重傷を負わせてしまい、島流しにされる話。

 なんというか、栗本薫の様々な要素が短い枚数のなかでごった煮になったような話だった。島流しにされ、別人のようになって復讐鬼として帰ってくる部分は、栗本薫が十代の時にもっとも影響を受けたというアレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』を連想させるし、罪人たちに輪姦されまくるという設定は『終わりのないラブソング』そのまま。そうしている内に自分のからだを使って罪人たちの間に君臨するというのは『真夜中の天使』以来の栗本薫の伝統芸能といっていいし、美少年に付き従う醜悪な小男は『ノートルダムの鐘』やら乱歩やらに影響を受けて以来、『グイン・サーガ』のアリストートスや『天狼星』の刀根一太郎を代表に、単品作品でも飽きるくらいにくり返された栗本薫のお家芸そのもの。

 これだけ色々つめこんでいるので、主人公が流島からすっかり変わり果てた姿で帰ってきた時は、さぞドラマチックな展開の数々が待っているのかと思いきや、最初のレイプ侍と再会→はじめの男が忘れられないのー→小男「そんなの許さんおれと一緒に死ね」→武士「おれも死ぬ」という、無駄な部分を一切省いていつものアレをやってしまっただけで、非常にもったいないというかおいてけぼりにされる展開。

 逆を云えば、その後の栗本薫が書いたホモ物語の大半はこの展開に集約されるので、この話に枝葉末節をつけたして焦らしただけの作品ばかりということはできる。なのでこの話を読むだけで栗本薫に耐性があるかどうかを確認することができる、リトマス試験紙的な作品として重宝するんではないかな?


『心中夢浮橋』

 吉保が寵愛する小姓と、心中で死に損ねた少年刑吏の話。吉保がかなり直接からんでくる話で、心底から寵愛する小姓を、それでも政治とは比べられぬと調略のために差し出す姿などが見られる。政治家としての非情さとその裏にある情深さ、そしてそこから来るわずかな心の裏切りも許さぬ情のこわさなど、ナリスの原型が垣間見れる。なのにナリスはなぜ途中からあんなことに……いやそれはいまさら云うまい。

 小姓の吉保への敬愛が、少年刑吏の小姓への愛情が、より事態を残酷な方へと流してしまうという無常さが良い。最後の数行を史実のかるい説明で終わらせることで、上記の無常さが江戸の武家社会のむなしさや政治のむなしさなどにも広がっていき、非情にうまい幕切れになっている。

 小説道場の最高弟、江森備が初投稿作の『桃始笑』において、これと同じ手法で話をしめて誉められていたことが印象深い。たしかにこれをするだけで「歴史!」という感じが出るものだ。


『くちなわ心中』

 武州松平家の嫡男が蛇大好きのキチガイです、という話。

 可愛がっていた蛇が逃げて完全に狂ったり、残った蛇と性的な意味でいちゃいちゃしはじめたり、とても短絡的な蛇狂いで面白い。特に蛇がいなくなったこと自体ではなく「蛇が自分から逃げた」という事実に耐えられないで狂うあたり、繊細なストーカー気質を感じられてとてもキチガイじみていて良い。

 その嫡男に仕える部下が、主人が蛇といちゃいちゃしているのを見て唐突に発情するあたりはいつもの栗本先生。しかし栗本先生のキャラはつい先ほどまで冷静だったのに一瞬でチンコゲージがMAXをふりきることがよくあるが、その後スッキリしてから「そんなつもりじゃなかった……」とぐじぐじ内心でいいわけするところがやけに男性的な気持ち悪さで、変なリアリティがある。賢者タイムだし。やはり非モテ系の心理で栗本先生にかなう人はそうはいない。

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