185 さらしなにっき

1994.08/ハヤカワ文庫


【評】うな∈(゚◎゚)∋


● リリカル極まる最後のSF短編集


『さらしなにっき』『忘れないで forget me not』『峠の茶屋』『ウラシマの帰還』『走馬灯』『最後の夏』『パソコン日記』『隣の宇宙人』の八編を収録。


 結果的に最後のものとなってしまったSF短編集。基本的にいい話ぞろいなのに、それぞれ自作解説をわざわざ一編がおわるたびに挿入して、あいかわらずの調子で余韻を台無しにするのが栗本先生らしくてたまりませんね。



『さらしなにっき』

 ある飲み屋で偶然意気投合したおっさん二人。思い出話に花を咲かせていると、なんと二人とも同じ空き地で遊び、同じ屋敷の少女に片思いしていたことがわかるのだが……

 これはなかなか良い。ノスタルジックで泣けるし、怖さと切なさが良いバランスで成り立っている。ちゃんとリリカルだしちゃんとホラーだ。

 郷愁の象徴を原っぱと憧れていた年上の少女にしたあたりもベタで、だからこそ共感を呼ぶ。実際にそういう環境のなかった自分にすら、まざまざと想像ができるほど、この手の情景は日本人の脳裏に刻まれていると思う。

「少年の日に帰りたい」という思いは淡いけれども切実で、だからこそおそろしいものだ。

 まあ栗本薫自身が書いているとおり、小松左京以外のなにものでもないけどね……


『忘れないで forget me not』

 ある日突然、世界中の人間が次々と痴呆症にかかっていき……という作品。

 ホラー的な状況でありながら、それをおセンチに書いているのが好印象。栗本薫の短編の中ではけっこう好きな作品で、本来ならばパニックホラーとして描かれがちな題材をリリカルに描いているのが自分には鮮烈だったのだろう。

 もっとも、小松左京の手口そのまんまだろと云われればその通りですとしか云いようがない。栗本先生のリリカルSFは基本的に小松左京そのまんまだからなー。

 ラストの独白が胸に残る、模範的な良い短編SF。

 短編集『十二ヶ月』にも収録されている。

 

『峠の茶屋』

 ある逃亡者の青年が、峠の茶屋に迷い込むのだが、そこは……

 これは手塚治虫の『火の鳥』ですね。そのまんまです。『火の鳥』の現代物が好きな人にはいいんじゃないかな。それ以外に説明のしようがないですね。そんな好きな作品ではないです。『火の鳥』は好きです。


『ウラシマの帰還』

 長い星間旅行を終えて、数十年ぶりに地球に帰ってきた宇宙飛行士たち。しかし出迎えてくれた故郷の人々の態度はどこかおかしくて……

 今度は藤子・F・不二雄の短編SF漫画のような味わい。アイデアとしては古臭いのは否めないが、だれが悪いわけでもない悲劇だからこそ胸に残る。一生にかけた行為に無駄になって、しかもそれを責められずに優しくされるなんて、辛いをこえて切ないですよ、そりゃ。

 しかしタイトルと設定が初期SF短編『心中天浦島』とかぶりまくっているのはいかがなものか。おかげでどちらがどちらの話だったかいつも混乱する。しかも初期作の方がタイトルがキャッチーだし……。


『走馬灯』

 ある日、空にはるか昔の光景が浮かび上がり……

 ショートショートだね。だから内容も長さもショートショートだね。筒井康隆だったらそれこそ二頁くらいでおわらせてしまいそうなアイデアではあるものの、まあショートショートらしくて悪くないと思うね。タイトルですでにオチてしまっている感はあるけど、まあいいんじゃないかな。

 栗本先生のショートショートはこの作品くらいかな? せっかくなんだからもうちょっと書いても良かったと思うんだけどね。くだくだしい長台詞と情感に頼らないで話を書く訓練になったと思うしね。

 ……と思っていたらデビュー前後に別名義でショートショートをいくつか発表していたらしい。詳細は後述の『京堂司掌編全集』

 また、本作はなぜか2013年にイタリアで短編映画化するというよくわからない展開が作者の死後になって行われた。タイトルは『Ricordi (Somato)』で音楽は小室みつ子だという。なんでイタリアでそのメンツやねんという謎映画である。気になっているがトレーラーしか観たことがない。どこかで配信されていないものか。


『最後の夏』

 レズのカップルが、こうして同性愛者が増えていって、気がつけば人間という種が滅んでいるのかなあ、と思う話。

 ストーリー的なものは特になく、ただ静かな滅びを描いた作品。著者解説で書いているとおり、『滅びの風』や『巨象の道』の同工異曲としか云いようがないほど同じ作品。なのでなぜ『滅びの風』に収録しなかったのか理解できない。こちらの初出は「小説すばる」なので初出の問題か?

 話的には無内容に等しく、静かな滅びの雰囲気を感じられるだけの作品なのでそこが好きになれるかどうか。『滅びの風』が好きな人なら読んだほうがいいかな、という程度。


『パソコン日記』

 栗本薫が手書きからワープロ書きに移行する様子を、虚実を交えて面白おかしく書いたホラーコメディ。

 初読のときはとても面白く読んだものだが、今となっては笑えない。怖すぎる。ワープロ導入をきっかけに文章がどんどんおかしくなっていくとか、それ栗本薫の現実そのまんまじゃないですか~。本当にどんどんダメになってひどいことになったじゃないですか~。

 忘れていたんだが、これを読むと、ワープロ導入のきっかけは舞台のためだったらしい。ホント、ダメになった原因がここまで舞台に集約されているってのもすごい話だ。舞台、やらないでくれていたらなあ。そうしたら原稿も手書きのままで、日本語もおかしくならなかったのかなあ。それもはかない夢なのかなあ。

 ともあれ、この作品自体は面白いです。

 ワープロを導入しはじめてからの日常がリアルかつ面白おかしく記されていて、「わかるわかる」という気持ちと「ねーよ」という気持ちが両方呼び起こされて、他人の日記を見る楽しみに満ちている。それが段々とおかしくなっていき、気がついたらホラーに……というのは理想的な展開。

 新しいものに手を出したらすかさずそれをネタに、というミーハーさもいいし、あまり他に類をみないような作品で、手書きがワープロ書き主流へと変わっていく境目の時期にしか書けない作品でもあるので、個性的でもある。

 いま読むとパソコン事情などがさすがに古いが、だからこそ余計になつかしくて面白いし、なかなかいい作品なんじゃないかな?


『隣の宇宙人』

 隣に宇宙人がひっこしてきてはちゃめちゃになりました。というコメディ。

 栗本先生のコメディは基本的に初期の高橋留美子とか吾妻ひでおとか、七十年代後半くらいのギャグ漫画そのもので、そこからなにひとつ進歩しないままに終わったので、滑っているといえばかぎりなく滑っているし、新しさもなに一つないのだが、なぜか微笑ましく見てしまうのはファンゆえの欲目だろうか?

 しかし舞台にもなっているようだが、そちらを見たいとはまったく思わない。というかなぜ栗本薫の舞台はまったく才能があるとは思えないコメディばかりだったのだろうか……



 総じて、個性豊かな作品が集まっており、それぞれのクオリティもまずまずの作品が集まっていて、良いんじゃないかと思います。

 栗本薫の作品は、たしかにオリジナリティという点で見ると劣っていると云わざるを得ないし、それはSFとしてわりと致命的な欠点ではあるのですが、それでもSF短編には読みやすく面白い作品がそろっているので、ぼくは好きですね。

 なのでこの短編集が最後になってしまったのは、ちょっと悲しいですね……出版されたのは最後と云っても、ちょうどこれが出たころにファンになったから、さっさと読んでしまっているんだよね……もったいなやもったいなや……

 結局、アレなのかな。旦那が早川辞めちゃったから、グイン以外は求められなくなっちゃったのかな。切ないなあ。

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