177 バサラ 2

1994.03/カドカワノベルズ

<電子書籍> 無

【評】うな


● 紙上舞台公演at天正

「俺は、踊りで謀反をする」

 山の民であるバサラ衆の踊りを見、弥勒丸の言葉を聞いたお国は、念仏踊りをやめ、新たな踊り――バサラ踊りを作り出す。バサラ踊りはたちまち評判となるが、お国は満足できずにいた。一方、バサラ踊りを見た蒲生氏郷は床に伏すようになる。バサラという言葉に隠された、歴史に見捨てられた〝裏側の歴史〟とは……。


 表紙に〝裏側の歴史〟とは……と書かれているが、別にそのことについて触れるところまでまったく達していない。詐欺か。

 だが、物語が進み、バサラ衆とバサラ踊りとが描かれ、ようやくこの話の面白さが出てきた巻である。

 あとがきで栗本薫も触れているが、前巻でもちょっとだけ登場したオープンスケベ巨乳のぼたんが特に良い。弥勒丸を挟んでお国に敵意むき出しだと思えば、お国と踊るやいなや「あんたに惚れた」と云い、あけすけに抱いてくれと迫ってくる動物的な明るさは『朝日のあたる家』の亜美や『グルメを料理する十の方法』のえりかに通ずる、良いオープンビッチである。誘い受けなんていらんかったんや!

 文武に通じた大大名でありながら早逝した蒲生氏郷の死因が物語に絡んでくる気配や、氏郷の寵童である歌舞伎の祖とも云われる美青年・名護屋山三郎とお国の関係、それらと秀吉政権末期の動乱と「踊りで謀反をする」というバサラ衆の思いとがどう関わってくるのか、ようやく歴史伝奇としての道具立ても揃った気配がある。


 一方で弥勒丸はホモに調教されていたりホモに崇拝されていたり射精コントロールが完璧であったりとKBTIT指数をあげてきている。子供を作るわけにはいかないから挿入しまくるけど射精はしないという弥勒丸さん、先走り汁でも妊娠するって知ったらどんな顔するかな……


 しかし、物語としてようようまともな形になっていくと、栗本薫当人がもつ根本的な問題に目がついてしまう。

 この物語の根幹であり、また栗本薫の基本姿勢でもあり、ことにこの時期にはよく宣言していたのが、既存の価値観、主流派への反逆だ。栗本薫の作品に多くの若者がひかれた理由の一つに、この精神があるのは事実だろう。

 だが、悲しいかな、栗本薫ほど根本の感覚が保守的で、その作品から古臭さが漂う作家もまたいないのだ。これはひとえに、デビュー前には古今の異様な量の作品を読み、聞いていた彼女が、デビューしてより他者の作品に触れることが極端に減り、情報の刷新がされなくなったことによるだろう。

 本作は現代につながるロック・スピリットを謳ったものだが、そもそも栗本薫から甲斐バンド以降のロックの話を聞いたことがない。別に当時のロック、全盛であったビジュアル系バンドを賞賛しろとは云わないが、新しい音楽をろくに聞いていない人間に「既存の価値観を壊せ」と云われても「まずお前がな」という気持ちにしかならない。

 SFも、ミステリーも、音楽も、とにかく彼女の思い描くものは70年代なのだ。もちろん、それがただちに悪いとは云わないが、「大人はずりいよ」的な主張だけ中二で、漏れ出ている文化背景がおっさんおばさんでは、若者はダサくてついていけないのだ。学生バイトの話題に入ろうとする三十路のバイトリーダー的な空気が醸し出されてしまうのだ。

 彼女の小説、脚本を読む限りでは舞台も、音楽も、悲しいくらいに新しさというものはない。別にそれでいいのに、すでに感性がおばさんであることを認められずにあがいている切なさが、九十年代半ばの薫にはある。大上段に構えてはじめたこのシリーズには、そうした「いや、もう無理だから……ね……?」と肩を叩きたくなる切なさがある。

 あとがきで、薫は著者校で読み直したらすごい面白かったとか、ここ数年で最大の自信作であるとか、グインの音楽CDを手がけている淡海吾郎さんに褒められたとか、面白かったらみんなに宣伝してくださいとか、いつになく必死な感じを醸し出ている。作家がこうなるのがどんなときか、決まっている。

 そう――やはり一巻が全然売れなかったのだろう。

 切ないくらいに、客は正直なのである。

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