159 (執筆中)新版・小説道場 1

1992.08/光風社出版

2016.09/ボイジャー・プレス(電子書籍)

<電子書籍> 有

【評】∈(゚◎゚)∋うなぎ∈(゚◎゚)∋


● 中島梓最高の名著にして最大の功績


雑誌『JUNE』誌上に連載されていた、素人の作品を寸評し、指導していくという読者投稿企画。

本書は新書館より出版されていたものから読者投稿作品を取り除き、連載企画部分だけで再編集して出し直したもの。


 名著である。

 江森備・秋月こおなどのベストセラー作家を輩出し、末期には榎田ユウリなどの現在も活躍する作家も名を連ねた、中島梓道場主による実践小説道場。本作こそ、中島梓の最高傑作であり、彼女の為した最大の功績であるとの、自分は考えている。


 まず抜群に面白い。笑える。もともとが投稿作品に対して「笑いものにする、けなしもする、ほめもする」ということを公言してはじまったこの連載は、そのスタンスゆえにほかの読者投稿企画ではありえないような、投稿作品で笑いを取るというきわどいことをしでかしている。だが実に軽妙かつ的確な文体で行われているため、おちょくりや嘲りを感じることはない。

 次いで、指南書として非常に役に立つ。基本的に投稿作に対して総掛かり稽古のようなやり方で指導しているのだが、千差万別な作品や作家に対して、技術的なことから精神的なところまで、その人に必要なことを的確に指導しており、小説を書こうとした人間ならば、いずれかの門弟が抱える悩みに共感し、それに対する中島梓の指導にハッと息を飲むことになるだろう。ことに精神的な面に関しては、創作に携わるものすべてに通じる至言に満ち溢れている。

 そしてなにより、創作への愛があり、小説が書きたくなる。こんなにも小説が書きたいと思える本は、他にない。

 笑えて、泣けて、実用的で、最後に愛が残る。こんなのは最高の作品としか云うことができない。

 JUNE小説の創作指南書という形式のため、読まずにいる人もままいるというが、栗本薫/中島梓の読者で本書を読んだことのない人間は馬鹿である。JUNE小説にかぎらず、あらゆる創作に興味のある人間にとって必読の名著であり、全人類に読めと云いたい。

 自分は中学三年生のときに本書と『朝日のあたる家』を続けて読んだことで「小説書く人にならねばならない」という妄念に取り憑かれ、完全に人生の道を踏み外したのである。

 マイナーな出版社から出たっきりだった本作だが、幸い、2016年に電子書籍で再販されている。いまからでも遅くないからみんなぼくの仲間になるべきである。栗本薫に散々失望し、愚痴ばかり垂れ流している現在の眼で見ても、どう考えても本書は名著過ぎるし、ニヤニヤし、目頭が熱くなり、小説が書きたくなってたまらなくなる。


 そんな最高すぎる本作の素晴らしさは言葉にできないとも云えるし、「最高」「読め」「読んで下さいよ」としか云いようがないとも云えるのだが、言葉にできないからとさらっとレビューして終わりでは、自分の人生を変えてしまった作品に対してなんとも味気ない気もする。

 というわけで、全4巻72回にわたるこの連載に対して、一日につき一回分ずつ感想を書いていくことにする。



第一回

 記念すべき第一回であるが、なにを云うにも投稿作がないとはじまらない企画のため、企画成立理由と方針の説明のみになっている。

 が、この時点ですでに面白い。いきなりハイテンションで『小説JUNE』に送られてくる投稿小説のひどさをリアクション芸でギャグにしているのも面白いし、それらの作品を送ってくる人たちに栗本薫ファンが多いことに対して「あれは、あれは昔のことだ。悪夢なんだ。すっかり足を洗って出直したんだ。おらあま人間にもどろうと決心したんだ」と即興芝居をやりだしたかと思うと唐突に素にもどって説明をはじめるところも面白い。この時期の中島梓のふざけた文章ホント好き。

 そして初っ端からわざわざゴチック体で

「現実にオトコがオトコに襲いかかってやみくもにエッチなことをするなんて、そうざらにあるこっちゃないんだッ!」

 とぶっちゃけてしまうところなども最高である。

 そうして少女たちの書く男の男の恋愛小説がファンタジーに過ぎないことを前提としつつ「現実と遊離したものほど、堅実な技術に支えられなければならない」という中島梓の主張の説得力よ。晩年の栗本薫に聞かせてあげたい。

 そしてジャンルはJUNE小説に限ると投稿規定を示したうえで、百合ものや、男と女だけどJUNE小説だと作者が思うものもOKというこのアバウトさ。「いま、危険な愛に目覚めて」はJUNEのキャッチコピーだが、男と男にこだわらず耽美的な作品ならなんでも取り上げるような、サブカル総合誌みたいな側面もあったのがJUNEなんだよな。現代のBLとの最大の違いと云ってもいいだろう。

 後のBLとの違いや、だんだん雑誌の傾向がBL風に染まっていくのを投稿作や梓の反応を通じて味わうことができるのも、本書の楽しみの一つである。BL史学というものがあるのなら、小説道場は最重要文献と云って良いだろう。



第二回

 いよいよ投稿作が送られてきて道場が本格始動する第二回。

 投稿作品数は50で門番通過作が5作。あらためて思うと、マイナー雑誌の、別に新人賞でもなんでもない唐突にはじまった企画に、即座に50作も送られてくるというのは、けっこう凄いことなのではあるまいか?(参考までに栗本薫の死後に開催されたグイン・サーガの二次創作を募集したトリビュートコンテストの応募総数は14作)それだけこうした作品の投稿先を求めていた人が潜んでいたのだろう。

 そして指導がはじまるといきなり核心に触れるようなことがバシバシと出る。

 ありきたりな表現が多い牧村冴三級に対する「前に何千回も書かれたような文章は、書いても書かなくても同じことにっちまうの」

「むやみと形をととのえることをやめ、本当に書きたいのは『何』なのか考えてごらん」

 はじめて小説を書いたというハイティーンの久保比登美名誉五級に対する「いい、いい!深く考えなくていい!こういう人がなまじ書きなれてくると、ハシにも棒にもかかんなくなる」

 内村梨津子二級に対する「書きちらしたものと、書きあげたものを一緒くたにしないの」(聞いてるか、21世紀の栗本薫!※故人です)

 友人による解説のついたオリジナル小説集(同人誌かな?)を送ってきた島津亮三級に対する「出版文化のパロディになってそこで満足してしまうのは危険なことだと思うのよ」

 そして今回の目玉と云える、宇津野操子三級に対する、構成力不足に対する「私ならこう構成しなおす」講座!(ところで道場主は気づいていないのかツッコんでいないけど、このペンネーム、当時カドカワノベルスでまかすこと並んで二本柱やってた『宇宙皇子』のパロディですね)

 この、一瞬にして冒頭をドラマチックに作り直す道場主のスピード感!こんなことをやられたら達人に見えてしまうではないか。いや、いい年こいた大人の視線で見ると対したこといってない気がするし、「さいごにゃ登場人物みなごろしにできるぞ」に対して「それはワンパしないでいいです」という気持ちになるが、しかし投稿作に対してこんな指導をされてしまったら、憤慨するか私淑するしかないでホンマ。

 実際、ストーリーの作りこみに比して見せ方がなっていない、もったいない作品というのは素人・マニア・セミプロに多く、そこを構成や視点の整理、つまりは演出で補うというのは大切なことだ。栗本薫が独創性よりは読みやすさ、見せ方によって読者を掴んだベストセラー作家であることを考えると、道場主の指導はまさに最前線よりの金言である。思いつきを垂れ流すのではなく、こうしてちゃんとドラマチックに構成して読者つかむんだぞ、聞いているか21世紀の栗本薫!※故人です


 お遊び半分の企画かな、と思うような第一回からは想像もつかないような、技術的にも精神的にもためになる道場がいきなりはじまってしまった。それでいてちゃんと笑いどころもふんだんにあるのが良い。読むのが何回目かわからんのに、今回も思わず「投稿しなくちゃ!」という気分になってしまった。

 それにしても内村門弟、最初から投稿してたんだね。そして投稿作の内容も、クモと鬼ヤンマと蝶々のラブシーン有りというのだから、なかなか攻めている。ちょっと読みたくなってしまったぞ(当時の『小説JUNE』に掲載されたらしいが自分は未読)

 最初のケイコの締めの言葉「わあっ!もっとムチャクチャか、もっとヘタか、もっとグロいか、もっとエロいか、もっとウマいか、とにかくなにか〝もっと〟な話を読みたいぞ!」というのは、妙に素人のレベルが上がった反面、突き抜けた作品の減ってしまった現代ではなおのこと響く、大事な大事なお言葉である。そうだよなあ、とにかくなんでもいいから〝もっと〟だよなあ。(しみじみ)

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