141 グイン・サーガ外伝9 マグノリアの海賊
1990.12/ハヤカワ文庫
<電子書籍> 無
【評】うな
● イシュトヴァーンのヤリチン武勇伝
海賊をやっていた頃のイシュトヴァーンがある港町によって、片っ端からナンパして食ったけど特に痛い目を見ることはなくそのまま旅立ちました。おしまい。
今作は栗本薫が脚本を手掛けた、同名のミュージカル作品の原作として書かれた。発表は小説版が先だが、企画としてミュージカルが先にあり、そのために原作として舞台に合わせる形で小説を発表した形だ。なので、舞台のための作品である。
イシュトヴァーンが若く、何者でもなく、だからこそもっとも輝いていた時代の物語である本作は、基本的にストーリーがない。
単に島のいい女をナンパして即落ちさせて食い散らかして去っていくだけだ。こう書くとエロ小説みたいだが、別に情事のシーンはないのでそういう楽しみはない。どちらかというと、視点は港町の女にあり、イシュトヴァーンは若さ、激しさ、まばゆさの象徴として、豊かで穏やかでなにもない南国に住む女たちの人生を揺らす存在として描かれている。
気ままで気まぐれでいい加減でロマンチストで嘘つきでずるくて誰よりも優しく残酷な、イシュトヴァーンという名の「青春」そのもの。再会を約しながら二度とあらわれることがないとわかっている放浪者を見つめる、置いていかれる者の視線を楽しむ物語と云えるだろう。青春を終えたつもりの年増女、まだ青春を知らない乙女、青春を封じた年頃の娘、それぞれがイシュトヴァーンという嵐に揺れる三者三様の恋心を描いている。
が、その恋が全部イケメンイシュトが声かければ一瞬でじゅんじゅわ~の即落ちだし、ヤッた後に(私は生まれ変わった)みたいなことを一人で延々とつぶやいているという、童貞を捨てた男の思い上がりみたいなことばかりで、ちっとも恋愛という感じがしない。イシュトをめぐって奪い合うこともないから人間関係の面白みもないし、三人とも別になにか人生に問題があるわけでもないから、変わった変わったといって具体的に行動なり立場なりが変わることもない。単に色気づいてそんな気になって、いい女ぶってるうちにやり逃げされてるだけだ。
なぜ少年だとさらわれたり襲われたりトラブルが起きて助けにいったりするのに、女相手だとなにも起こらないのか。旅人とのちょっとした関わり合いで人生がほんの少し変わるというのは、地味な邦画や人情ドラマにはよくあることだが、ここまでなにも起こらずどいつもこいつも一人上手な物思いで膜破られて解決したような気持ちになられても、反応に困る。お前は夏休みにナンパされて処女捨てて、休み明けに「みんなガキね……フッ」とか悦に入って反感を買うクソ女か。
いつもならばなにか事件が起きる中盤の山場は、ただひたすらに祭りの描写に終始しているが、普通の南国の祭りでありファンタジーならではのなにかがあるわけでもなく、正直、栗本薫は年がら年中祭りと舞踏会を書くので「またか」という気持ちが強い。
イシュトヴァーンの描写や言葉などは、ずるく魅力的に描けているのだが、基本的にナンパとセックスとホラ話しかせず、普通はクライマックスでなんかするだろうと思ったら最後までなにもしないので「いや、なんかしろよ」と本気で思った。とにかくこの話は一冊かけてストーリーがないのだ。舞台に合わせて雑誌連載し、単行本化の予定が決まっているので、ぐだぐだとした長台詞の応酬でページ数稼ぎをしているし、明らかに一冊分の内容がない。
若く陽気な海賊の馬鹿騒ぎをちゃんと書いてくれていたら面白く、また青春のきらめきとして切なくもあったろうが、お前の青春はちんこだけかと云いたい。栗本薫は精神がまるっきり非モテなので、いい女ぶろうとする作品は基本的に「あ、都合よくやり捨てされてるけどいい女妄想で気づかないバカだ」としか思えないんだよね……。というか、イシュトヴァーンの魅力も青春のきらめきも守られない約束の切なさも全部『ヴァラキアの少年』で描いていて、あちらは事件も一本の物語としての流れもさらには後の本編とのつながりもあって見事な出来だったから、この外伝に必要性を感じないんだよね……。まあ、ミュージカルの企画がなければ書くことはなかっただろう作品だしなあ。
ただ、この作品の後、イシュトは宝を手に入れることもできずすべてを失うことが『外伝17 宝島』で描かれるので、くっそ調子に乗っているヤリチン野郎がこの後めっちゃひどい目にあいます、という前フリとしては有効なのかもしれない。ただ問題はその『宝島』が、今作では普通に女と遊んでいた副官のランが気持ち悪いストーカーになってイシュトみながらず~~~っとぶつぶついってるだけのクソつまらない話だってことですね……。
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