125 小説道場 Ⅲ

1989.03/新書館


【評】うな∈(゚◎゚)∋


● 鮮やかな書きわけの光る全盛期


 小説道場は中島梓名義の著作なのだが、この巻だけは「実技篇」と銘打たれ、エッセイや評論ではなく栗本薫の小説中心となっている。時代背景やジャンルを変更して、様々な文体の書きわけを見せているところに注目していきたい。



『恋々淵心中』

 時代もので、稚児さんと心中。それ以上のストーリーは特にない。

 爽やかなインテリイケメンだと思っていた義兄が実はとんだ粘着質キモメンだったというのは薫らしくて面白いが、キモすぎてちょっとひくレベル。イケメンは顔じゃないんだな、ということがよくわかるが、作者的には顔がよければオッケーみたいだ。

 本気一〇〇%で書かれたというだけあって、栗本作品の基本にして中心である「強姦して無理心中、それが純愛」というのを地でいく作品だが、そこに素直に賛同してうっとりするのは素人には難しいと思うのだが、どうであろうか。純愛なら和姦がいいよと思うのは私が素人だからであろうか?

 時代劇文体としては、さらりと時代や登場人物の身分や家の立場などを説明しているのが実にうまい。ストーリー内容自体は昼メロレベルであるが、その昼メロを、昼メロ的軽さを留めたままに時代劇風の台詞回しにするにはどうすればいいか、という非常にニッチな方向性において、とても参考になる一作。


『終わりのないラブソング』

 のちに大連載となった(というか結果的になってしまった)ものの第一話。なので感想を後の項に譲る。

 しかし元々この第一話だけで考えられていた作品だけあって、この一話目だけの方が完成度は断然高い。ちゃんと話が落ちているし、なにより二葉が投げやりで『翼あるもの』の透っぽくてとても良い。


『逃げ水』

 木原敏江の漫画『摩利と新吾』の同人小説。

 本編の十数年後、唯一生き残った春日夢殿は代議士となっていたが、ある日、摩利と新吾にそっくりの少年たちに出会い……という話で、厄介なことに木原先生自身による挿絵がついているという(笑)

 感想としては「ぼくの夢殿先輩はこんなにきもくなんてないやい……」の一言に尽きる。いや、どんなにドロドロしたストーリーを描いても、絵柄のせいか作者の人柄のせいか、どこまでも健全な作品に仕上げてしまうドジ様の作品の、中でも格別に爽やかなまりしんの登場人物が、こんなにもぬちょぬちょした内面の人物として描かれているということ自体がもう衝撃。しかも意図的にねとねとさせたわけではなくて「私にははじめから夢殿先輩がこういう風に見えていましたがなにか?」という態度でやってしまっているので、漫画の読み方というのは人それぞれなのだなあ、と感じ入ってしまう。

 ラストの皆殺しが涙とカタルシスを生んだ本編において、唯一の生き残ってしまった夢殿先輩の、置いていかれる者の悲しみに焦点を合わせたことは、原作を補完する同人小説としては非常に良い着眼点だと思うし、それを象徴するタイトルと終盤の独白は良いので、これをもって「え、これがまりしん?」という気持ちは抑えてもいいと思えなくもない。


『悪魔大祭 ――グイン・サーガ外伝』

グイン・サーガの舞台となる中原の、かなり未来だか過去だかの話で、闇王朝時代のパロスにおいて魔都イシュタルテーで行われた悪魔大祭の一夜を描いた作品。

 これは完全な雰囲気小説。疑似古典風の文体でもって『蛮人王コナン』シリーズ風の骨太なイメージを楽しむだけの作品であり、内容もくそもない。ここまで本編とリンクさせる気のない外伝も珍しい。

 ただ、この海外本格ファンタジーの重厚さと国産ならではの読みやすさを兼ね備えた文体だけはやはり素晴らしい。この文体のころのグインは最強であったなあ。


『The End of the World ――続・翼あるもの』

 題名通り、『翼あるもの 下巻』の直後を描いた作品。

 ストーリーは巽の死を知って茫然自失する透と島津さんのSMプレイ。ただそれだけ。

 それだけではあるが、いろんな意味でもっとも需要を満たしている気がする作品でもある。巽の死に激しい衝撃を受け包丁を握りしめながらも自殺することのできない透の弱々しさと、その姿を冷徹に眺め罵声を飛ばしながら決して見捨てないツンデレ島津さんの姿は、栗本カップリング最萌えとして名高い二人の面目躍如といった具合に萌えるのです。

「強くも、美しくも、天才でもねエ奴には、生きているねうちがねえんだよ」


 こんな罵倒が優しさに見えるのは、まさに島津さんの醍醐味。

 まあ、いざ本番をおっぱじめてしまうと、いつものSMおせっくすなので、ちょっと個人的には勘弁かな……という気はしますが……。

 それでもシリーズファンには是非読んで欲しい一作。が、この旧版小説道場と、後に出された『JUNE全集1 栗本薫編』にしか収録されていない(と思う)のが非常に残念。どちらもわりと手に入りにくい本だからなー。


 巻末では、この五編に対する実技的な解説を行っている。その際、この五編以外の文体でさらにいろいろな描きわけをちょろっと見せている。止まらなくなっちゃったといってどんどん増やしていくのが梓らしくて大変良い。この解説は文体を決めた時点で世界観がほとんど決まるということが如実にわかる名講義。

 が、よく考えたらこれは文体模写によって「のみ」ジャンルを書きわける栗本薫独特のメソッドであって、万人に通用するものかどうか疑わしい気もする。だってこの実技五編を見てわかるとおり、栗本先生の小説って文体が違うだけでストーリーは似たり寄ったりだし(笑)

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