092 小説道場 Ⅰ
1986.02/新書館
<電子書籍> 無
【評】うなぎ∈(゚◎゚)∋
●多くのワナビに道を踏み外させた名道場
『小説JUNE』誌上で連載されていた、投稿小説を指導していく連載企画の単行本化。
中島梓の執筆部分のほか、投稿作品のいくつかも掲載されている。
後に投稿作品を除外し中島梓の文章のみで再編された『新版 小説道場』が出版され、連載の後半は新版のみが出版されている。
よって、中島梓の部分に関しての評は新版の項目にゆずり、本稿では投稿作品についてのみ語ることとする。
『影人たちの鎮魂歌』 如月みこと
道場主を爆笑させ名誉一級となった、ある意味伝説の一作。
甲賀の若殿が抜け忍しようとしたら追っ手に輪姦され、伊賀忍に助けられて恋におちるが謀略によって裏切られたと思いこみ、伊賀と甲賀の戦争になってみんな死にました、という話。
忍者ものでありながら、まったく時代を感じさせない頭の悪い不良のようなセリフ回し。緊迫感のまるでない忍者たち。まったく勉強をしていない時代背景といいかげんな地の文。いい加減な理由ではじまる争い。はじめからひどかったのにどんどんひどくなっていく文章。まさに子供のお遊びのような、小説なんてろくに読んだこともない女子高生が友達ときゃーきゃー云いながら書いた情景が目に浮かぶようなしょうもない出来の作品。
しかしその起伏にとんだストーリー性は陳腐そのものながらも、形を整えることに腐心した二流の作品よりもむしろ見所がある気がする。こういう作者が楽しみ、読者も笑えるような作品こそが、真のエンターテイメントというものかもしれない。
それにしても情事の後、おもむろに忍者がアニソンみたいな歌をうたいはじめて「二番もあるんだぜ」と言い出すのは、現在でもなかなかお目にかかれないショッキングなシーンだ。
栗本先生がこの小説にバカ受けしたのは、単純に下手だからというわけではなく、少女時代に横山光輝の『伊賀の影丸』をはじめとした忍者漫画が大好きで、少年忍者に萌え萌えしていたという経歴があるからだと思う。つまり同類だからこそその恥ずかしさが伝わってきて笑ってしまったのかと。
今作は一部のJUNE者には非常に強いインパクトを与え、「二番もあるんだぜ」をトンデモ面白作品の象徴として挙げる人も多い。それは今作のパワーでもあるが、やはり道場主の評があってこそだろう。
今作の評に限らず、へんへはひどい作品がくるとやたらと輝いた文章を書く。そのせいで読者も気になってしまうし、なにも云われずに読んでいたら「つまらないな」でスルーして終わっていたような作品も、味わい深いギャグ作品に変えてしまうのだ。今作もまた、道場主の評がなくてはこれほど読者の心に深い印象を残さなかっただろう。
後にネットを中心にトンデモ作品の面白紹介は猖獗を極めるが、この時代に商業誌上でかくも鮮やかにそれを成し遂げていたへんへの先進的オタク性に感じ入らざるを得ない。
『桃始笑』 江森備
のちに最高弟となった江森の初投稿作。この作品では四級をくらって軽くあしらわれていた。
四級を食らっただけのことはあって、まずもってつまらない。なにがつまらないって、純粋にストーリーがない。この次に投稿し代表作となった長編『天の華・地の風』の前日譚となる、孔明が劉備に召抱えられるときの話なのだが、ただ孔明が「昔いろいろやられちゃったんで男が怖いよ」と告白するだけで、本当にそれだけでまったくストーリーがない。エロシーンもなければ三国志的な見せ場があるわけでもなく、いったいどこをどう楽しめばいいのかわからないくらいの作品。
文章自体も、これがあの美麗な江森と同一人物かといいたくなるほど、表現は凡庸で説明は下手で全体的に無駄に切羽詰っていて素人臭さに満ちている。
これは短い枚数につめこもうとしたり、さっさと完成させようと焦ったり、無駄に枚数を費やして読者にうんざりされることを恐れたりした結果なのだろうか。大いに枚数を費やしてのびのびと好きなことを思うさま書いている後の作品とは大違いで、文章をかりこむこともそれは大切だが、おそれずにのびのびと書くことが一番大事なのだな、ということをしみじみと実感させてくれる。
しかしそれにしても下手だ。
『心身症の夏』 滝尾令以子
滝尾令以子は道場初期、毎回のように投稿作を送ってきて、そのたびにパッとしない結果を残しながらもなお送りつづけた根性の人であり、道場初期を盛り上げた影の功労者といえるだろう。
が、結局それだけの根性を見せても初段仮免で終わってしまったのが、この滝尾門弟の悲しいところ。その小説センスのなさというものは、この作品を通してもしみじみと感じることが出来る。
道場初期、栗本先生が口をすっぱくして云ったのは「読みやすくしろ」「改行を増やせ」「句読点も増やせ」「漢字は極力ひらけ」であるが、滝尾門弟ほどその教えを忠実に守ったものはいないだろう。今作はとにかく驚くほどにざっくりと改行がほどこされ、するすると読むことが出来る。
しかし教えを守りはしたが、ただそれだけなのか、あらゆるシーンが同じテンポで流れてしまい、読みやすいのはいいがアクションシーンも含めてあらゆるシーンが盛り上がることがまるでなくするすると流れていってしまう味気ない結果に。
またシリーズものみたいなのだが、今作だけ読んでもメインキャラの性格付けが異様に薄いため脇役とメインの区別すらつかず、極論するとだれが主人公なのかすらわかりにくい。主役の魅力も作者のこだわりも伝わらないのはJUNEとして致命的だろう。都会的でお洒落らしい主人公が、がんばってトレンディドラマの真似をしている恥ずかしい大学生にしか見えないのも厳しかった。
結局、この人は叩かれても書く根性はあったけど、どうしても語りたいようなこだわりがあまりなかったのではないかな。
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