087 魔界水滸伝 10

1985.11/カドカワノベルス

1988.06/角川文庫

2002.08/ハルキ・ホラー文庫

2016.03/小学館P+D BOOKS

<電子書籍> 有

【評】うなぎ∈(゚◎゚)∋


● アザトート様ナメガエル説


 みづちと火の民の対立を嚆矢に、先住者たちの会合はあらゆる種族が相争う場と化していく。だが《眼》の思念が争乱を止める。

「敵襲」

 東京の空を自衛隊のクーデター部隊が舞い、ランド・シンドロームの恐怖に人々は暴徒と化す。そして《古き神》の巨魁が姿をあらわし、米国の核ミサイルが東京へ向けられる――


 完全に『デビルマン』の後半そのものである。

 研究家のおえそるべき発表によって疑心暗鬼に駆られた人々は自滅に向かい、ヒロインは惨殺され、敵に取り憑かれていた米国大統領は核を発射し、上空で巨大な竜が最終戦争をはじめる。もうどこを切り取ってもデビルマンである。

 しかし、この終末のカタストロフの迫力は、あの圧倒的名作に決して負けてはいない。

 狂っていく名もない群衆、ついに集まったのに対立ばかりをする先住者たち、東京を蹂躙するクーデター部隊、ついに姿をあらわす《古き者ども》の巨魁たち。暴徒の群れの中を彷徨う伊吹涼。魔都を駆け抜ける、安西雄介の軍団。

 すべてにカメラが合わさり、それでいて邪魔なシーンはなく、混乱させることもなく、壮大な黙示録の世界と翻弄される人々、ミクロとマクロを自在に行き来する描き方は迫力に満ちている。


 特筆すべきは、やはりここで伊吹涼がまさかの惨殺されることだろう。 この涼の惨殺のくだりは、やはり明らかにデビルマンの美樹ちゃん惨殺の焼き直しなのだが、栗本薫らしさも光っている。死の間際に見る走馬灯がひそやかなコンプレックスの思い出であることにうんざりするところなどは妙なリアリティがあるし、そうした惨めな思い出に「ずっと、ずっと、そうしたみじめなことばかり、あったような気がする。(中略)どうやって身を守ってよいかわからなかった」という述懐はひどく胸を打つ。

 また涼に死を招いた原因が、このカタストロフの最中だというのに、茨木童子の一人の女としての嫉妬であるというのが、ひどくぞっとするとともに、なんともいえない悲哀を生んでいる。

 しかし、夏姫が死んで「美樹ちゃんいなくなったけどいいの!?」と思っていたら涼が美樹ちゃんだったんだもんな……しかも不動明役は雄介じゃなくて多一郎だしな。完全に作者のホモを求める本能でこうなっているから読めねえよ……。


 でもやっぱり気になるのは、アザトート様がさりげなく中ボスくらいの感じでその辺ほっつき歩いていてスルーされてるところですかね……。

 云うまでもなくアザトート様といえばクトゥルー神話におけるもっとも強力で邪悪な白痴の絶対神である。それがなんで蛙とも蛭ともナメクジともつかない格好で葛城の大社攻撃してるんですか……。ニャル様ガメラ説も強力だったけど、アザトート様までこんなところでさりげなく出てきてるとか完全に忘れていたよ……。ていうか、二部の終盤で宇宙で超巨大な赤子として登場しませんでしたっけアザちゃん……? ここでナメガエルやってたの黒歴史かな……?

 まあ、加賀先生が「アザトートだ」って云っただけだから、先生の勘違いということで納得できなくもないんだけど、まあ納得はしませんね……。ていうかクトゥルー神話ってちょっとかじっただけでもアザトースとニャルちゃんとクトゥルーだけはおぼえそうなものだけど、タコ様以外に対するまかすこの扱いってなんなんですかね……逆に凄いよね……。

 おそらく日本で一番最初にヒットしたクトゥルーものってまかすこだと思うし、もしかしたらいまでも日本でのクトゥルー最大のヒット作はまかすこなんじゃないかと思うんだけど、クトゥルーものを語るときに挙げられることがほとんどない理由がよくわかりますね……。


 ともあれ、物語としてはいよいよ人間社会の崩壊が描かれ普通に面白く、栗本薫らしさも満喫でき、ツッコミどころもあるというおいしい巻だ。ついでにあとがきでは「ゴメン!やっぱ終わんなかった」と第一部完にならなかったことを謝っているのも栗本薫らしくて良いです。結局、伊吹涼の正体ってなんだったんだろうって作者が云っているのが、普通だと韜晦だと思うけど、薫だと本気でなんも考えてないんだろうなって感じなのも素晴らしいです。本編が面白いとなんでも許せてしまうんだな……。

 ちなみにこのあとがきにると当初の予定は「第一部 魔界誕生編」「第二部 宇宙戦争編」「第三部 時空を超えて編」の三部予定だったらしい。とすると、「宇宙戦争編」が『新・魔界水滸伝』の「銀河聖戦編」になったのだろうから、あとは「時空を超えて編」とやらがどんなのか想像できれば全体像が理解出来るな。

 ……いや、ごめん、想像できないわ……「銀河聖戦編」が三千年後に飛んでたから、またこの時代か、あるいは超過去に戻ってアトランティスとかムー大陸での戦いをするつもりなだったのかな……『百億の昼 千億の夜』の影響も受けてそうだしな……。


 ともあれ、次巻で本当に第一部完。

 ここまではずーっと面白かったが、果たして有終の美を飾れるのか!?

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