072 ぼくらの世界

1984.10/講談社

1987.10/講談社文庫

<電子書籍> 無


【評】うな(゚◎゚)


● ぼくらシリーズなんとなく完結


 就職もせず、ぶらぶらと生きていた栗本薫クンは、以前に遭遇した事件の手記をミステリーの新人賞、シャーロック・ホームズ賞に投稿したところ、なんと受賞してしまった。

 だが、その授賞式の最中、担当の編集者がホテルのトイレで裸で死んでいるのが発見され――



 ぼくらシリーズ三部作の完結篇。

 永遠のモラトリアム、典型的ピーターパン症候群であった薫クンが、いよいよ作家として自分の人生を歩みはじめる顛末が描かれている。

 今作は、意外にもミステリーへのオマージュにあふれている。冒頭に「上記の作品を未読の方はネタバレ覚悟してください」と書いてあるとおり、エラリー・クイーンの著名作の数々を模した事件模様に加え、会話のはしばしにも東西の様々なミステリー作家と作品名が並び、栗本薫のミステリー愛が伝わってくる。

 それに合わせたように、トリックも比較的、凝ったものになっている。まあ、最後の方で唐突にわかることも多くて、やはりフェアじゃない感じは否めないが、ミステリーとしても十分に楽しめる出来になっている。

 起承転結もしっかりしていて、冒頭の受賞騒動から、次から次へとあらわれるトンデモ作家と編集者たち、そして第二の事件と読者をあきさせない。


 中でも、親の残した遺産を食い潰して四十代まで投稿しつづけ、しかしまったく芽が出ないでヒキコモリを続ける文学中年、鎌倉三郎の恨み節は壮絶。これは栗本薫にしか書けまい。と、云うのも、この人物は、「もしかしたらそうであったかもしれない」栗本薫の姿であるからだ。いくら投稿してもデビューできなかった場合の二十年後の栗本薫の、だ。

 なにせこの人物、「模倣は上手いがオリジナリティがない」と評されているのだから、もう栗本薫としか云いようがない。また、本作の主人公の栗本薫クンは、ミステリー界のスターとして、なかばスター性をつくられた形でデビューすることになっている。

 この辺り、栗本薫自身が己の才覚を誇ると同時に、その立場が幸運に恵まれた結果のものであり、いつ転落してもおかしくないのだという自覚が(あるいは無意識なのかもしれないが)見られて、興味深い。


 設定からわかる通り、作者自身が江戸川乱歩賞を受賞したときのことが虚実交えて描かれているわけで、うそ臭くありながらもリアリティがあり、邪推する楽しみもあって面白い。特にへらへらと近づいてきて「SF書きましょう」とあちこちに云ってまわるSF雑誌の編集長が無駄に何回も出てくるあたり、内輪受けすぎてニヤッとしてしまう。テレビ局、少女マンガ界、ミステリー界と、業界物三部作としても、うまくまとまっていると思う。


 一方で、シリーズの最終作としては、ちょっと疑問に思う部分がないでもない。

 栗本薫クンのデビューをもって全員の独り立ちとするのは良いし、薫クンと信の会話も良い。以下抜粋。


「イヤだよ。カッコがつくなんて――大人になるなんて。イヤだよ」

「だからさ。作家になりゃ、大人にならんでも、何とかカッコがつくかもしれん、と思ったわけ」


 ただ、その辺の独り立ちの話と事件自体が全然絡んでなくて、最後でどたばたっとカーテンコールしている感じがある。それに三位一体の三人組の話だったのに、作者自身がヤスヒコに興味を失って、ほとんど出番がないのもいただけない。栗本薫って、三人組が書ききれないんだよ……いい雰囲気や設定は出せるのに、その中の二人にホモっぽい肩入れしてしまってうまくいかなくなるの。やーね、恋愛脳は。


 ともあれ、若者らしい軽妙洒脱な文章と、その裏に流れる若者らしい淋しさ、双方を感じ取れるいいシリーズだ。他の栗本薫作品に比べるとアク(ホモ成分とも云う)も少ないし、いや少ないってもシリーズが進むごとに増えてはいるんだけど、普通に楽しむ分は気になるほどでもない。

 言葉遣いなどが古臭いといえば古臭いのだが、三十年前の作品として、その古臭さを楽しむつもりで読めば、いまでも全然いける。

 お試し、というわけでもないが、とりあえず、この三部作だけでも読んでみるのは、アリなんじゃないかな。


 『ぼくらの世界』で三部作は完結し、とりあえず「ぼくら」シリーズ自体は終わったのだが、関連作がいくつかある。

 主なところでは伊集院大介との共演となる『猫目石』と『怒りをこめてふりかえれ』である。同じく伊集院シリーズで単行本未収録の『殺怪獣事件』も語り手は栗本薫である。これらに関しては伊集院大介シリーズの各項にてレビューしている。

 また、この本来の一連の流れに沿わない、パラレルな世界観の薫クン出演作品もある。『魔境遊撃隊』がそれだ。またこの魔境遊撃隊のさらにパラレルな作品として短編集『真夜中の切り裂きジャック』に収録された『<新日本久戸留奇譚>猫目石』というのもある。

 薫クンだけでなく、親友の石森信を主役にした作品もある。長編ミステリである『ハード・ラック・ウーマン』と、短編集『天国への階段』に収録されている短編『ワン・ウェイ・チケット』と『ハード・ラック・ウーマン』がそれだ。これらについても、それぞれ後の項でレビューしているのでそちらを参考に。

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