071 吸血鬼 お役者捕物帖

1984.09/新潮社

1986.09/新潮文庫

2010.02/朝日文庫


【評】うな


●女形探偵、華麗に登場(なおすぐ退場する模様)


 連作短編集。

 美貌の女形・嵐夢之丞を探偵役に、江戸の町に起こった事件を描く捕物帖。


『瀧夜叉ごろし』

 初音座の女形、嵐采女が芝居の最中に宙から落ちて死ぬ。将門の祟りを臭わせ脅迫文が届くなか、翌日より采女の代役を務めることになったのは、まだ十八の美少年、嵐夢ノ丞であった――。

 短いページ数でお江戸の芝居小屋の雰囲気をよく伝え、そこに立ち現れる主人公の姿を印象的に見せている、シリーズの初回としてはまずまずの作品。もっとも、捕物帳というにはおとり捜査で現行犯逮捕なので「頭が切れるわけじゃないよね?」という気持ちは捨てがたい。


『出逢い茶屋の女』

 夢ノ丞を贔屓にしているスリの仙吉は、ある日、出会茶屋に入っていく夢ノ丞らしき姿を見て、思わずあとをつける。だが出逢い茶屋からは夢ノ丞は出てこず、死体が発見される――

 出逢い茶屋という色事の場を舞台とし、役者の特性も生かした悪くない一編である。一作目よりは夢ノ丞の切れ者らしさも出ているし、シリーズのレギュラーとなる仙吉の登場編としての役割もよく、二作目としては手堅い出来。


『お小夜しぐれ』

 境内で茶屋の娘が殺されているのが発見される。死体からは長い髪がぷっつりときられていた――

 栗本薫が定期的に書く醜女の悲しみの話である。「またいつものか」という感じはするが、時代物という舞台装置とは合っているし、薫の非モテ作品には弱い自分としては合格点を上げざるを得ない。夢ノ丞の裁きも従来の捕物帳の主役たちとは異なる個性を出せている。


『鬼の栖』

 大店の嫁にきた大年増が殺され、若旦那が下手人として捕まった。捕物太夫の噂を聞きつけた旦那は事件前から夢ノ丞に相談に来ていたが――

 殺された四十女の悲しさや事件の悪辣さが、いつの世も変わらない人の営みを感じさせる好編。素人探偵として有名になっていること自体が物語に筋に組み込まれているのも良い。


『船幽霊』

 屋形船の座敷に呼ばれた夢ノ丞。ところが数日後、その船が沈み、事件は船幽霊の仕業だという噂が流れ――

 事件の内容自体も手堅く面白いが、夢ノ丞に惚れたという浪人、秋月主殿もなかなか印象的であり、この二人の絡みをもっと見せてほしいと思わせる抑えの効いた出し方が良い。

 

『死神小町』

 美貌と評判の町娘お三輪には、縁談が次々ともちこまれる。だが祝言をあげる数日前に男が死ぬことが五度。ついたあだ名が死神小町。居を移して一年、新たな男に求婚され受け入れるも、やはり男は病でなくなってしまい――

 事件はキャッチーで、犯人はどうしようもないと思いつつも人間味を感じ、女形という主人公の特性も生かした展開も良い好編。


『吸血鬼』

 若い女が次から次へと血を搾り取られて惨殺される事件が起き、夢ノ丞に嫌疑がかかる。夢ノ丞は否定するが、姿をくらまし、初音座の一行は捕らえられ夢ノ丞の素性を語れと責められるが――

 もう我慢ができん、とばかりに捕物帳の体裁を早くも捨てて夢ノ丞の素性をめぐる話がはじまってしまう。早漏かよ。せめて一冊はもたせろよ。話自体はつまらないわけではないのだが、推理的要素をかなぐり捨てているためガッカリ感が強い。


『消えた幽霊』

 先の事件で夢ノ丞の素性の一端が噂となり、好奇の目が初音座に集まる中、若い女形が舞台裏で殺される。直後、舞台の上から夢ノ丞が奈落に落ち、そのまま姿を消し――

 ええい、もう江戸を舞台にした捕物帳なんてやってられん!旅じゃ!旅に出るのじゃ!美貌のホモの出生の秘密を探る旅に出るのじゃー!

 と、一巻目の最後にして完全に当初の形式を捨て去ったうえで「次号へ続く」という終わり方である。そしてこのシリーズは推理要素0の次作『地獄島』で完結している。当初の狙いはともかくとして、結果的には捕物帖部分は完全にオープニング詐欺である。


 全体的に見ると、捕物帖としては可もなく不可もなくといった出来で、短い文章でテンポよく進み、江戸の雰囲気やそこで暮らす人々の心情をとらえた物語も悪くなく、中盤のいくつかは完成度の高い短篇と呼んでも良いだろう。女形が探偵になるという設定も、栗本薫らしさと時代物らしさが上手いこと両立し、この形式で何冊か出しても良いと思える仕上がりである。

 が、先に書いた通り、一冊目が完成する前から早漏で候な薫は我慢汁が出過ぎてしまい、捕物帳の形式を捨てて主人公の出自をめぐる冒険伝奇を開始してしまった。早すぎる。例えて云うなら、名探偵コナンが二巻目で組織との対決をはじめてしまったようなものだ。もうちょっと長く捕物帳の形式を守るべきではなかったろうか。?いや、コナンはさっさと組織と対決するべきだと思うけど。

 途中までの出来は時代物ファンにオススメしたくなるものだが、この路線変更な終わり方のせいでまったくオススメできない作品になっている。伊集院大介シリーズも形式が定着してきたころに『天狼星』をはじめてシリーズ展開ぶっ壊してしまったけど、薫はもうちょっとこう、自分がはじめたシリーズの方向性を守るべきだと思うんだ……。このシリーズも捕物帖の体裁で何冊か出し続けて、完結編として主人公の出自がわかる『地獄島』を出していればみんな幸せになっていたろうに、自分が出して気持ちよくなることしか考えていない早漏はみんなを不幸にするんだ……。


 なお、この作品、なぜか栗本薫の逝去後に朝日文庫から再文庫化されている。しかもこういう往年の作品はヒット作でも「フリー素材かよ」みたいな安っぽい表紙にされることが多いなか、美麗なイラストで見事なデザインに仕上げられている。おそらく『転移』を出版するにあたって他の栗本作品も、ということでこの作品が選ばれたのだろう。

 なかなか目のつけどころは悪くないが、しかしやっぱり続編の『地獄島』は朝日文庫で再出版されたりはしなかったため、これで読んだ人は「続く」で終わってもやもやするしかないという非情な作品となっている。だからせめて一冊は捕物帖として完成させろとあれほど……。早漏のせいで25年たっても被害者が増えるという悲しい事件でしたね……。


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