068 トワイライト・サーガ カナンの試練

1984.08/光風社出版

1986.06/角川文庫


【評】うな


● そして二人は幸せなキスをして終了


連作シリーズ『トワイライト・サーガ』の二巻目であり最終巻。

『リリス』『カナンの試練』『ルカの灰色狼』『迷路島』『死者の珠』収録。


『リリス』

 カルスが好奇心で女衒から一晩買った娼婦は、猫の頭を持つ野生の娘だった。不思議な故郷の話を語り、この町から外に行きたがるその娘、リリスを連れて行くことにしたカルスだったが――

 このシリーズでもっとも短い、一夜の夢を描いたような一編。だが驚くべきことに、内容的にはグイン・サーガの根源的な謎である星船とランドックの原型とも云える話となっている。七四年~七五年に書かれたこのシリーズで、すでにあの辺りの設定はだいたいできあがっていたことになる。そうした意味では非常に興味深い作品。

 泥、泥、泥と執拗に描写されるダネインの大湿原も魅力的である。


『カナンの試練』

 大枚はたいて買ったばかりの馬の足が折れて機嫌の悪かったカルスは王子に冷たくされて「その気になれば犯れちゃうんだぞ」と云ったら逃げられました。あわてて追いかけたものの、そのころ王子は滅びた帝国カナンの末裔である妖術使いにさらわれていたのでした。

 カルスのみっともない喧嘩っぷりにちょっと萌える。話自体は悪党に攫われた王子を助けに行く話で、連作中でも戦闘成分が高めとなっている。そうなると荒事が多くて面白くなりそうなものだが、あまり変なクリーチャーとかが出てくることもなく、戦闘シーン自体が楽しいわけでもないため、以外とそうでもなかった。

 オチがこの本の最終作である『死者の珠』へ続く感じになっているため、一編の作品としてあまりスッキリもしない。表題作のわりに、意外といまいちな一作である。


『ルカの灰色狼』

 愛するラナ・レイ姫を病で失った若きヴァン・カルスは「告白の返事をせずに死ぬなんてひどいよ!」と山にこもり、そこで老狼と奇妙な共同生活をはじめるのであった。

 わりと一方的で気持ち悪いカルスの姫への想いに(大丈夫かこいつ……)というところからはじまる話だったが、言葉を交わさぬ狼との生活により、草原の貴公子が山に生きる一匹の獣と化していく描写が細かく描かれていて面白い。狩って、食って、寝て、狩って……という生活の美しさをよく描いている。そしてカルスの強さのバックボーンとして十分な話でもある。やはり修行といえば山ごもりなのだ。グラップラーカルス幼年編である。「あなた、太った?」「痩せたよ、デカくはなったけどね」である。

「わからぬものはわからぬし、わかったような気になってもいけない」という最後の教訓も含め、ヒロイック・ファンタジーらしい原始心性を書ききった一編である。


『迷路島』

 海賊との死闘の末、船を操るすべもなく漂流していたカルスとゼフィールは、潮の流れのままにおそるべき地下迷路の伝説が伝わる魔の島シムハラに流れ着いた。そして醜悪なシムハラの王にゼフィールは囚われ、カルスは地下迷路に投じられてしまう――

 クレタ島のミノタウロスを下敷きにした話。地下迷路がまったくの暗闇のため、迷路をさまよう淫獣神さまがどんな姿なのかまったく描写されず、そしてあっさりとカルスが勝ってしまうため、いまいち拍子抜けの感がある。もう少し地下迷路の恐ろしさを満喫したかった。一番恐ろしいのは「もう死ぬんだからいいだろ」と王子の幻影に迫るカルスその人であった。

 迷路の入り口を数百年見張っている万人が《迷路の司祭》グラチウス、というのが地味に受ける。すぐに死ぬし。グラ爺さん、このころと比べるとグイン本編でずいぶんと出世したんだね……。


『死者の珠』

『カナンの試練』以後、ゼフィール王子は何ヶ月も続く謎の眠りに陥っていた。王子の幻に、目覚めのためには《死者の珠》が必要であると教えられたカルスは、秘宝を求めて再び廃都カナンを目指す――

 今作のみ、この本の出版時に書き足されたものとなっている。ゆえに文体が唐突に八四年当時のものに変わっており、唐突な読み味の軽さに肩透かしを食らったような気分になる。いや、個人的にはこれまでの文体はデビュー前の若書きらしい、肩肘の張ったものに感じられていたので、この文体の方が良いのだが、最後だけノリが変わるのはいささか面食らう物がある。それもこれも『カナンの試練』で引いたような終わり方をしておきながら、ずっと放置していた当時の純代が悪い。

 もっとも、この「あとちょっとで完結」というところで放置するのはデビュー後も栗本薫が繰り返したパターンであるし、栗本薫でなくてもそういうことをしでかしているプロの作家は存外に多い。その手の人たちというのは、やはり物語を広げることは関しては非凡なベストセラー作家が多く、反面閉じるのが苦手なタイプなのだろう。

 それを思うと、投げっぱなしの帝王である栗本薫が、出版されるにあたりちゃんとオチの話を書き下ろしたのは偉いということができ……いや、できないか。『カナンの試練』の引きは解消したけど、第一話の冒頭でやって、その後もチラ見せしていた「なぜカルスと王子は生き別れたのか」って話がぜんぜん解決してないし!流れでチューしてハッピーエンド感出してごまかすんじゃないよ!終わってないから!これじゃイラストの天野喜孝だって三巻が出ることを想定してしまうよ!


 そういえば前作のときにイラストについて言及していなかったのでここで触れる。

 このシリーズは栗本薫が後にグイン・サーガで長いつきあいとなる天野喜孝とはじめて組んだ作品で、表紙イラストについてあとがきで絶賛している。これはたしかに素晴らしいイラストで、天野喜孝の中でも上位にくる作品だと自分も思う。その出来もさることもながら、一巻で正面顔、二巻で横顔となり、三巻でオチがつく予定なので三巻目を早く出してほしいと天野さんにせっつかれている、とこのあとがきで書いてあるので、読者も三巻の表紙が気になって仕方がなくなった呪いのイラストである。当然、三巻目は出なかった。

 シリーズとしてはやはり王子とカルスが生き別れるエピソードと、しょぼくれたカルスが王子と再会するエピソードを書いて三巻で終わらせて欲しかった。天野さんのイラストのオチも見たかったし。

 そういう読後感のいまいちさも含めて、一巻よりはやや落ちる二巻だったと云わざるを得ない。短編三つは面白かったけど、肝心の中編二つがいまいちだったしね。

 が、プレ・グイン・サーガとして、七十年代半ばに書かれた国産ファンタジーの走りとして、二冊まとめて読む価値のある作品だと思う。電子書籍化とかしてないから古本でしか手にはいらないし、いま「トワイライト・サーガ」で検索すると女子高生が吸血鬼とちゅっちゅくするアメリカの大ベストセラー小説ばっかりひっかかるけどね!恥ずかしいけどヒットする中二センスは世界共通だね!

 

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