069 魔境遊撃隊 第一部

1984.08/角川文庫

1998.08/ハルキ文庫


【評】うな


● すごく……恥ずかしいです……


 作家の栗本薫くん(「ぼくらシリーズ」の主人公)は、ある日であった謎の美少年、印南薫に導かれて南半球の孤島セント・ジョゼフ島へと遺跡探検の旅に出る。二人の薫がそこで遭遇したものは――

 雑誌『野性時代』にドドンと一挙掲載、その後、すぐに全二巻で文庫化された秘境探検物。


 正直、この小説には「恥ずかしい」という気持ちしかない。オチから云ってしまってどうするんだという感じですが、この物語の経緯を通じて、平行世界か異世界のどこかにある実在の物語を主人公の薫くんは受信し、それをもとに『グイン・サーガ』を書きはじめた、というオチになっていて、しかもクトゥルー神話の神々が薫くんワールドには実在していて……という、『ぼくらシリーズ』と『グイン・サーガ』と『魔界水滸伝』をつなぐミッシングリンクとなっているお話なわけです。しかもそれぞれの物語は異世界のどこかで実在するお話なんだ、という、この恥ずかしさというかなんというか……いや恥ずかしいんだよ!

 さらにこの話の中心となる美少年、印南薫というのはデビュー前に書いていた連作の主人公で(そのうちの一作は短編集『真夜中の切り裂きジャック』に収録されている『新日本久戸留奇譚 猫目石』)、しかもその名前は栗本薫が大好きな木原敏江の少女漫画『摩利と新吾』の主人公、印南新吾からいただいているという、なんかもうとにかく自分の好きなものを適当にごちゃ混ぜにしてしまったような激しく恥ずかしい感じの作品なのです。


 内容自体は「とにかく秘境探検物を書きたい!」という気持ちで書いたらしく、本当に普通に南海の孤島の遺跡に行くだけで、そんでもって遺跡にはクトゥルーの神々が眠っていてわー逃げろーみたいな。まあ特にたいした内容はないですね。

 主人公が「ぼくら」の薫くんなので、軽薄体の一人称で語られているのが特徴と云えば特徴ですね。だってあなた、重苦しいサバイバル感が魅力というか命の秘境探検物でおちゃらけ文体ですよ? しかも九割方絶望して発狂するクトゥルー神話物でへらへら文体ですよ? ないでしょう、普通。

 じゃあそんなありえない組み合わせを敢えてやってみせただけの意味がこの作品にあるのかというと……いや、ないな。ないない。やっぱ緊張感がないもの……

 それにクトゥルー神話物としてみても、なんかおかしいですよ、これ。ここに出てくるのはイドをさらに巨大化したみたいなアメーバ状の化け物なんですけど、栗本先生ってばこれをヨグ=ソトホート様だというんですよ。あのね、ヨグ様といえば外なる神の代表的な一角で、アザトース様のちょっと下くらいの格ですよ?「全にして一、一にして全なる者」ですよ? ニャル様と同格でクトゥルーやハスターよりもはるかに格上の、あらゆる時間空間を超越して偏在するという意味不明な超越生命体ですよ? いいんですか? こんなただのぐにょぐにょした化け物で?

 いやまあ、外なる神の序列的みたいなものはターレスがあとから勝手に神話体系でっちあげたようなものだからなにが正しいってわけでもないのかもしれないけど、でもヨグ=ソトホートはラブクラフト御大みずからが『ダンウィッチの怪』ではっきりとクトゥルーよりも格上と書いているわけで……ぶつぶつ……


 と、初読時にはあまり気にならなかったものの、ある程度クトゥルー神話に詳しくなるにつれて栗本先生のクトゥルー理解度が背徳的なほどにいいかげんだということに気づかされる好例ですね。この作品は。

 まああれだよね、きっと当時は日本であんまりクトゥルー神話って有名じゃなくて、資料とか少なかったから仕方がなかったんですよね? ね?


 そんな感じで、秘境探検物としてもクトゥルー物としてもなんだか残念な作品ですが、栗本薫全盛期の作品ではあるので、読みやすいし一気に読めてしまう作品ではあります。決してつまらないとまではいかないと思う。実際、好きだという人がちらほら散見され、「そんな馬鹿な。お前らほかの秘境探検物ちゃん読んでいるのか? それとも……この時期やたら薫が云っていた『創作しているというより別の世界の物語を受信して紙に書いているだけ』という寝言を、まだ信じたい年頃なのですかあ!?

 この作品、作家としての栗本薫の知名度が一番あったころの作品だったからか、作品の出来とはうらはらにけっこう部数が出たみたいだし、ゲームブック化もされているんですよね。さすがにこちらの方は未読……というか現物を見たことがありません。極めつけがなぜかLPレコードまで出ていて、しかもプロデュース、全作曲が久石譲だというんだからふるっている。本作の表紙もLPのジャケットも天野喜孝だし、まさに栗本薫が時代の寵児であったことがうかがえる。

 そういう大勝負でいつも微妙な作品を出してくるのがまた、栗本薫なんですよねえ……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る