063 ゲルニカ1984年
84.05/早川書房
87.11/ハヤカワ文庫
【評】うな
● 薫は腰砕けをおそれない
ジョージ・オーウェルの名作『1984年』をオマージュした作品で、栗本SFの系譜としては、後述の短編『滅びの風』『滅びの風Ⅱ』への流れとなる長編小説である。
『1984年』というのは、一九四九年に発表された小説で、1984年におけるとある架空の独裁国家の姿を克明に描写したディストピア小説の代表的な一作だ。とにかく情報統制言論統制思想統制が徹底して描かれており、全体主義の極限を描いて危険性を指摘した作品。まあ『1984年』については有名だし、いまさら自分が語るまでもないというか、一応読んだものの語れば語るほどボロが出そうなのでこの辺でごまかしていきます。
で、この作品はその一九八四年がおとずれた(当時の)日本における、社会の恐怖を描いたSFホラーとなっているわけです。
ある日、ふとしたことから「日本では戦争がはじまっているんじゃないか?」という疑念にかられた主人公は、さまざまな人にその疑問を投げかけ、真実を調べる。当然だれもが主人公を笑い飛ばし、信じようとはしない。だが、それとはうらはらに、主人公の疑念は次第に確信に変わっていく。そしてなにかが自分たちを操っているのだと思いこみ、恐怖におびえ、 自らの戦いをはじめるのだが……という話。
「なにが起こっているのではないか?」 「自分たちはだまされているのではないか?」 「世界は滅びに向かっているのではないか?」日常を暮らしながら、そういった恐怖に苛まれ、次第に常軌を逸していく前半。それに続き、なにげなく過ごしていた世界の狂気に気づきだす中盤。このあたりは名作と云っていい出来。日常の不穏な空気、現実への不信感、うわついた会話の裏にある恐怖。そういったものを書かせると、栗本薫はじつにうまい。
後に発表される『滅びの風』『滅びの風Ⅱ』はそうした静かな、しかしなにかがおかしいという空気のみで滅びの予兆を描いた作品で、非常に出来が良い。今作は無作為ないくつかの情景を描くことで滅びの予兆を示唆した『滅びの風Ⅱ』に近いだろう。中盤まではその空気つくりのうまさにまんまとはめられ、読者自身がいままさにその「滅び」の中にいるのだというすら寒さを感じさせてくれる。
特に中盤に出てくる軍事評論家……という名目のミリタリーオタクの姿は、そのリアルな醜悪さと無邪気さでもって、笑えるとともに、そんな人間が闊歩する時代の恐怖を描き出すことに成功している
「なにかが起こるかもしれない」「なにが起きてもおかしくない今」を描くことに関しては、栗本薫は無類の作家だとすら云ってもいいだろう。
が、そこでじわじわと恐怖と不安をあおりつづけていればいいものを、その先に踏みこんでしまうのが栗本薫。
後半になると「イビルスピリットだ! 邪悪な精神生命体が人々を操っているんだ!」とか主人公が云いだして、しかもそれが本当だったりするから、なんかもう一気に全身の力が抜ける。
シリアスな息詰まるホラーを見ていたら後半になってジェイソンとフレディがこんにちはしてきたというか、ニュース番組だと思ってまじめに見ていたら矢追純一のUFO特番だったというか、読んだのは中学生のときだったのだが、そんなピュアな中学生ですらリアルに「なんだそりゃあ!」と本をなげつけたくなるようなひどい腰砕け展開だった。
結局、人をひきつける作品というのはハッタリがうまい作品で、「これから凄いことが起きるよ」という雰囲気さえうまく作れれば、実際に「凄いこと」が書けなくてもたいした問題ではないのだ。もちろん、結局出てきた「凄いこと」が腰砕けだったら、それまでがどうであれ作品全体の評価は落ちる。けれども、次作でまた「これから凄いことが起きるよ」という空気を作り出せれば、結局みんな懲りずにまたひきつけられてしまう。
だからひきつけるのは出来るだけながく、すごいことが起きるシーンは適当に流す、というのが、ある意味で一番賢いのだと思う。この仕組みをもっとも有効に利用しているのが漫画家の浦沢直樹だということは云うまでもない。『MONSTER』も『二十世紀少年』も、あれだけ最大限にひきつけてからの腰砕けさせておきながら、それでもやっぱりいまも新しい作品で読者をひきつけているのだからたいしたものだ。
栗本薫も浦沢直樹らと同類のひきつけ力、ハッタリ力は持っている。グインの「全百巻」などもそのハッタリ力の最たるものだろう。
しかし、おそらく意図的にハッタリをかけている浦沢直樹(というか浦沢直樹についている編集者)とちがって、栗本先生はわりと天然だった。なのでハッタリでひきつけたあと、あっさりとしょぼいことをやって、平然とみんなを腰砕けさせてしまい、その腰砕けのままだらだらと進行してしまう。もったいないというか、かわいらしいというか……
そんな栗本へんへの実力と天然ぶりを満喫できる、そんな作品ですね、これは。
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