057 魔界水滸伝 5

1983.10/カドカワノベルス

1987.05/角川文庫

2001.08/ハルキ・ホラー文庫

2015.10/小学館P+D BOOKS

<電子書籍> 有


【評】うな∈(゚◎゚)∋


● 大デュマの伝えた大いなる脱線


 アジアの西域で中華人民共和国の手により遺跡の発掘が行われていた。従事している中国の誇る透視能力者・呉秀英は、その地下に埋もれる物体の正体に震え、奇妙な予感にとらわれていた。そして発掘された巨大な円盤が、調査団に破滅をもたらす――


 栗本薫が「十代のときに影響を受けた小説ベスト5」というものを雑誌の企画で挙げたことがある。

 その五作とはミカ・ワルタリ『エジプト人』、ヘンリク・シェンキェヴィチ『クォ・ヴァディス』、パール・バック『大地』、アレクサンドル・デュマ『モンテ・クリスト伯』、森茉莉『枯葉の寝床』だ。

 いうまでもなく森茉莉はホモ耽美小説で、残り四作はすべて長大な大河小説だ。そして実際に、この四作から受けた甚大な影響が栗本薫の作品には明確に見える。『エジプト人』の砂漠、『クォ・ヴァディス』の退廃文化、『大地』の地の塩たる貧民の確かさ、『モンテ・クリスト伯』のストーリーテリング。そしてすべてに通底する時の流れの偉大さ。

『魔界水滸伝』の五巻目は、そうした影響を凝縮したような巻だ。砂漠が舞台だし、中国辺縁の人々や貧しい町が舞台だし、なによりこの巻を読まないで次の巻へいってもほとんどストーリー理解に支障がない寄り道なのだ。


 この巻は安西雄介一行がほとんど出てこず、ずっと新キャラの呉秀英の視点で話が進む。いつになったら雄介たち出てくるんだよと思ってもなかなか出てこない。そしてすっかり忘れた巻末のころになってようやく登場してくる。じゃあこの呉という新キャラが今後の重要人物なのかというとそんなこともない。

 視点をモブキャラに一時的に移す、というのはどの作品でもよくあることだが、丸々一巻かけてそれをしでかしているのだ。構成的に考えると有り得ないことである。しかもこの呉くん、『大地』の影響を受けているのでかなりの地味キャラである。それが宇宙船が発掘されて「ヒッ」、インスマウス人に遭遇して「ヒッ」、正気を失った村落にたどりついて「ヒッ」ってやってるだけなのだ。あ、途中で「お前サラ・コナーとカイル・リースかよ」ってタイミングでおセッセはじめて童貞捨てたりもしてたけど。まあともあれ、普通に考えて一巻間が持つ内容ではない。

 が、読者が離れることをおそれないこの規格外の構成に、自分はしびれた。これこそ栗本薫がアレクサンドル・デュマを小説の師匠と呼びながら評した「あの曲がりくねり方、いい加減さ、とてつもない饒舌、横道への脱線のしかた」そのものだ。

 巻が終わるころになってようやく熱砂の向こうからあらわれた安西雄介・加賀四郎・カメレオンの姿は、その前フリが長かったからこそ、ひどく勇ましく英雄的に映り、二十年間以上も自分の脳裏に焼き付いていた。その後、そもそも日本を旅立つ理由であったエジプトのミイラに関する冒険が、ほんの数ページで一気に語られてしまうところもまた、呉の視点でもって怪異に翻弄され無力を噛み締めていた読者からは、英雄的にたのもしく映る。この最後の十ページのために、二百ページ地味な前フリを続けても良いのだ。


 とはいえ、正直、あらためて読むとちょっと内容薄いかな、という気はする。だんだん雄介が超人じみていき、今後加速するから、ここで一度一般人の視点で恐怖をじっくりと描くというのは良いのだが、だからこそもうちょっといろいろ散々な目にあってヒッヒッフーして欲しかった、内容を詰めずに水増しして一巻分に伸ばした感がある。恋愛ネタを絡めると多少の冗長さが許されるということを利用し過ぎ。


 シリーズ全体のストーリー的には、呉の予知夢ではじめて真の主役(予定)である星の存在が示唆されたのが大きいか。あとがきで「主役がまだ登場してない」発言もしている。

 そしてあとがきで、五巻まではこのシリーズを書くのが怖かったが六巻から怖くなくなった、という話を誇らしげにしている。いつもの薫の自慢話と思って流していたが、なにげにこれは重要な、それも悪い意味で重要な発言だったのかもしれない。要はクトゥルーの神々を自身の想像を超えた恐怖として描こうとしていたのを、想像の範囲内におさめるよう割り切ってしまったのではなかろうか?

 実際、ホラー・怪異譚としてのシリーズの面白さはこの五巻までをピークにあとは減少の一途をたどることとなる。

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