056 キャバレー

83.09/角川書店

84.12/角川文庫

00.06/ハルキ文庫


【評】うな


● 美しき青春小説


 ジャズ奏者になることを夢見、家を飛び出した矢代俊一が飛び込んだのは場末キャバレーの世界。だれもろくに耳を傾けようともしないキャバレーのへぼバンドメンバーは、薬中アル中違法入国者に詐欺師まがいにあばずれ。

 そんな中、かれのプレイを聞くためだけに毎晩店にあらわれる大物ヤクザ・滝川。俊一は滝川をおそれながらも、すこしづつ心を開いていく。しかし俊一の才能ゆえにトラブルは起こり、事件はヤクザ同士の抗争にまで発展してしまい、俊一の身にも危険が迫る……


 場末のキャバレーに、まだ何者でもない若き天才が紛れ込んできて、その才能でどたばたが起こって、不器用な大人の男がいて、ホモっぽいけどホモじゃなくて、ハードボイルドで、青春で、さわやか風味で、とにかくそんな話なんだよコンチクショー! という感じ。

 ラスト数行のうまさ、特に最後の二行がばっちり決まっているせいで、だまされて良い作品のような錯覚を覚えがちですが、中盤の展開にどう考えても無理があり、またそこからラストの滝川さんの登場も唐突で、全然うまい構成じゃない。オープニングとラストしか考えないで書いたんだろうなというのがよく伝わる、実に栗本薫らしい手癖の王国です。

 今作は、要するに場末のキャバレーが書きたかっただけだな、という一言に尽きる。目論み自体は成功しているが、なにかもう一つプラスαが欲しかったというのも事実。そのプラスαにはたぶんホモ要素に使われたのだろうが、できたらホモ以外で。

 いやいやまあ、よく考えたら音楽要素がそのプラスαなんじゃないかという気もするが、音楽について語ると安定して浅薄で恥ずかしい感じになるのが栗本薫なので、今作もわりと恥ずかしい。でもまよてんとかの芸能界ものに比べると足を引っ張っているほどではないので、栗本音楽作品の中では最上の部類かな。他のはちょっと勘弁してほしいですからね。まず曲のタイトルがいつも恥ずかしいですからね、薫の音楽物は。売れねーよ絶対、と瞬間的に思いますからね。それに対して、今作は「レフト・アローン」をはじめとしてジャズのスタンダードナンバーばっかりですからね、なんとなくそれだけでカッコはつきますよ。ぼくはジャズ全然知らないので「よくわからないけどカッコイイ曲なんだろう」と思えますしね。ジョニーの代表曲「裏切りのテーマ」とかと比べると雲泥ですね。透のソロデビュー演歌「愛しすぎたのね」とかね。


 さておき、一応、今作のキャラにはホモはいないということになっているが、受ける印象はどう考えてもホモ。だけどJUNEやBLを知らない一般人でも、この程度なら奇妙な友情の範疇で受け止めてくれるんじゃないかな……ダメかな……ダメか……。

 設定自体はね、わりとおいしいと思うのよ、やっぱり。音楽のことなどよくわからないヤクザが、期せずして場末のキャバレーで出会ったサックス吹きの青年に特別なものを感じ、なんとか力になってやりたいと思うのだが、音楽のことなどなにもわからず、日陰者の自分が関わって汚れてしまうことをおそれ、話すことも出来ずにただ毎日かれの曲を聴いているだけ……ヤマアラシのジレンマにも似た、相手に近づきたいという想いと近づいてはいけないという想い。それを仁侠映画の世界観と融合させた設定の妙は、素直に素晴らしいと思う。

 しかし登場人物がやたらめったらと「ホモじゃないよ」とうるさいのでホモにしか見えず、大切に想っている相手とどう関わっていけばいいのかわからない切なさというよりは、ノンケがホモに目覚めた瞬間の動揺にしか見えなくて、そのへんで損をしている。もっと抑えてホモを匂わせないほうが、よっぽどホモ的で切なく萌える作品になっていたと思うんだけどなあ。まあ栗本先生に抑えるとか、そんなの無理か……。ただシチュエーションだけで見るなら、腐女子受けする一般小説としてうまいと思うよ、本当に。

 ま、結果的には、際立てて良くもないがべつに悪くもない作品に落ち着きましたけどね。最後の台詞の応酬でむりやりいい話っぽく見せるあたりも含めて、栗本作品の平均値にもっとも近い出来の作品なんじゃないかな。


 これだけで終われば、なぜか角川春樹社長が気に入って映画化もしてくれたことだし、良い思い出で終わったんですけど、薫ったら十何年も経ってから続き書いてホモにするんだものね……勘弁してくださいよ……ホモ音楽家やりたいなら新キャラつくってくださいよ……なんで時間差で旧作もめちゃくちゃにしてしまうんですか……。

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