054 トワイライト・サーガ カローンの蜘蛛

83.08/光風社出版

86.06/角川文庫


【評】うな(゚◎゚)




 赤い街道の辺境を行く二人の旅人、闇王国パロスの王子ゼフィールと草原の国トルースの公子ヴァン・カルス。

『グイン・サーガ』の数千年後の世界を舞台に、贖罪の旅をつづける二人が遭遇する怪異の数々を描く連作短編集。




 今作はグイン・サーガと同じ世界を舞台にしているが、執筆はグインよりも早く、栗本薫が大学生時代に書いたものだ。一作目『カローンの蜘蛛』は七四年のSFマガジンコンテストに投稿されたがあえなく落選。グイン・サーガのヒット後に八二年にSFマガジン臨時増刊号に掲載。その時の反響を受け翌年に未発表の続編ともども光風社より出版され、後に角川で文庫化される、という出版社を渡り歩くいたく複雑な作品である。

 SFコンテストで落選したことに対して当時早川編集者であった旦那は後に「下読みの人の趣味に合わなかったのでしょう」と述べているが、たしか彼自身が薫のデビュー後に今作をもちかけられ「うちの雑誌のカラーではない」とボツにしたという経緯がどこかに記載されていた記憶があるのだが、どこであったか。栗本薫が旦那を「この私の原稿をボツにした唯一の編集者」と評していたのは、これが原因であったはずだが、さて。この件に関しては記事が見つかり次第、追記しよう。

 ともあれ、そういう経緯だからグインとつながるファンタジーなのに早川ではなく光風社というマイナー出版社から単行本が出され、当時の光風社には文庫がなかったから角川で文庫化、という流れだと思われる。


『カローンの蜘蛛』

 大密林の中に突如としてあらわれた白亜の宮殿を発見したゼフィールとヴァン・カルスは、嵐を避けるために中へと踏み込む。しかしその宮殿は雨すらも入ることを拒み、恐るべき人間蜘蛛の潜む魔宮であった――

 訪れたダンジョンでボスモンスターと出会い、その由来を知り、倒すという非常にシンプルなクエストである。TESシリーズでふらふらと探索中に見つけた建物に入ったら唐突に始まるクエストのようである。が、それだけに連作の最初としては悪くない話である。人間蜘蛛の不気味さも良い。ぼくがRPGを浴びるようにプレイしてモンスターに慣れきっていなければもっと面白かったろう。

 美貌の暗黒微笑系王子と爽やか脳筋というコンビも、当時のホモカップルとしてはバニラ味ともいえるオーソドックスなもので、やはり悪くない。



『邪神の都』

 ゼフィールとヴァン・カルスが訪れたのは、蛇神によって統治される国セムリアの都シルスであった。シルスは三十年に一度の狂気の宴の日を迎えようとしていた――

 欲望のままに犯し殺す狂乱の宴が書きたかっただけであろう作品。後に書いた『悪魔大祭』がほぼ同工異曲である。ストーリーはないに等しいが、それだけに宴の描写には力が入っており、若者の歪んだ情熱を感じる。

 蛇神の名がセムであり、蛇の巫女の名がシルヴィアであるところがニヤリとするポイントか。シルヴィアという名が悪女であるという点は譲れないらしい。

 関係ないがこうした狂気の宴を描いた作品で自分が一番好きなのは萩尾望都の短編マンガ『偽王』です。あれはネームやコマ割りの一つ一つが完成された隠れた名作だ。


『滅びの島』

 野宿から目が覚めたヴァン・カルスが目覚めると、そこは見覚えのない島であった。二人はそこがアグラーヤという国であり、滅びを約束された快楽の都であることを知る。二人は王に会見するが、醜悪なカダール王にゼフィール王子が囚われ――

 十代の時にハマっていたというローマ帝国を描いた大河小説『クォ・ヴァディス』の影響を感じられる、悦楽の都の滅びを描いた一編。ゼフィール王子がカルスの想い人であった姫の生まれ変わりであることが示唆されたり、そのゼフィールが巨デブに性的な意味で襲われたり、カルスが闘技場で灰色狼と戦ったりと、なかなか盛り沢山な作品だ。しかしやはり火山の噴火で滅ぶ都の描写が凄惨な美しさが、わずか二ページであるが心に残る。

 王子がやられているのかいないのかをはぐらかして終わっているのも、やおい膜(やおい穴についている、作作者と読者の嗜好に合わせて硬度や再生率が自在に変化する便利な膜)の心配をしているカルスも含めて、なかなか良い按配。


『暗い版図』

 長い足止めをくらって腹をたてるカルスに、王子は昔話をはじる。それは十四歳のころ、悪魔ドールその人に立ち合ったというおどろくべき話であった――

「実はあたし、光の神と闇の悪魔の寵愛を受けていてー、十四歳のときにどちらを選ぶかで神と悪魔が勝負をしていたのー」という、聞いた瞬間に(あ、中二病が発病したんだな)と思ってしまうようなベタベタで恥ずかしい話である。十四歳だし。

 とはいえゼフィールの根本設定が明かされ、こいつはえらい中二病作品だぞ(ゴクリ)と読者を本気にさせる大事な一編である。

悪魔ドールがグイン・サーガよりもなお聖書のサタンそのもののように描かれているが、一方で台詞は意外と気さくなのが見所か。


『双子宮の陰謀』

 吟遊詩人が語るゼフィール王子とカルスとの出会い。それは闇王国パロスの王宮をめぐる陰謀劇であった――

 本書のトリを飾る、他の話よりも長めの中編。内容もそれにふさわしく二人の出会い編であるし、文体もそれまでより会話が多めの、初期グイン・サーガを思わせるものとなっている。自然とそうなったのか、長い話で短編の書き方では読者の息が詰まると思ったのかはわからないが、この辺りの判断は流石というほかはない。

 将軍、皇太子、魔道師、隣国の様々な思惑が絡み合う宮廷劇を見事に描きつつ、首を切り離されても生きているゾンビや、生者を見つめて正気を奪いながら喰らう食人屍、拷問のできない囚人に「不慮の死」を与えるレンズだらけの部屋など、ストーリー面でもディティールの面でも飽きさせない。やや詰め込みすぎの感もあるくらいだ。デビュー後の栗本薫なら間違いなくこの一作だけで文庫一冊書いていただろう。

 ゼフィールの旅立ちの理由を簡潔にまとめ、ツンとした顔で旅立っていく王子と、それに犬のようにつきまとっていくヴァン・カルスの姿を描いたラストシーンも微笑ましく、一冊の終わりとして満足感とともに読み終えることのできる好篇だ。



 総じて『英雄コナン』シリーズを好みのホモカップルで、というコンセプトで説明が終わる作品である。

 文体も改行がかなり少なめで、グインよりもなお一層海外ファンタジー、というよりハッキリとロバート・E・ハワードっぽさが強い。この特徴は先に書かれた作品ほど顕著だ。結果、重厚な雰囲気はそれなりに出ているものの、正直、肩に力が入りすぎている感もあり、いささか読み辛い。一作目のみでは先人を模倣したSF・ファンタジーマニアの習作に過ぎない、と判断されてもいたしかたのないところはある。それでも後半になればなるほどリーダビリティと重さのバランスが良くなっていくのはいろんな意味で栗本薫である。


 一点、連作ストーリーとして優れている点があり、それはこの一連の作品が「作品世界での過去の出来事を吟遊詩人が語っている」という設定であり、それを聞いているのが語られているヴァン・カルス当人である、というところだ。貴族のカルスがあれほど好ましく思っていた王子と別れ、しょぼくれて港で飲んだくれ過去の思い出にひたっている姿は、なぜ二人が別れてしまったのか、という想像をたくましくさせる。

 王子と喧嘩した? 贖罪の旅が果たされ王子が国に戻った? もしや冒険の最後で王子は死んでいる?

 こうした想像の答えを確かめたくなり、結末まで読みたくなってしまうというわけだ。

 あとまあ純粋に、物語中で生き生き怪異と戦っている偉丈夫が数年後にしょぼくれている、というのがとても好きですね、ぼくは。この好みによって評価がかなり底上げされています。


 グイン・サーガとのつながりは考慮しないとしても、国産ファンタジー初期の良品として、いまからでも読む価値はあるのではないだろうか。当時、おとなしく出版しておけばよかったのに早川……というか旦那……という気持ちにはなる。グイン・サーガはいずれも絶版されず、電子書籍化もされているのに、グインファンには必読のこの作品が古本でしか手に入らないというのはなんとももったいない……。どうせ角川で電子化や再販されることもないだろうし、いまからでも遅くないからせめて電子書籍化だけでもする気はないですかね、早川さん!


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