052 十二ヶ月
83.06/新潮社
85.12/新潮文庫
【評】うなぎ
● 栗本薫入門書
短編集。
『小説新潮』で『栗本薫劇場』と題されて一年続いた、十二のジャンルを書き分けるという試みを一冊にまとめた短編集。
『犬の眼』――心理ミステリー
一人息子が殺された夫婦。その数日前に、飼い犬も殺されていたのだが……
作者が云っているように、明るい話じゃないけど、いい話。とても普通にいい話。犬の犬らしさに切なくなる。
今作や『メディア9』などをはじめ、初期の栗本薫作品にはいくつか犬が出てくるものがあるが、いずれも犬らしい優しさとそれゆえの切なさに満ちた描写となっており、栗本薫らしからぬ一般性がある。他のエッセイ等での言及によると、どうやら実家が大型犬を、それもあの時代には珍しく室内飼いをしていたようだ。さすがお嬢様である。
犬および犬的キャラはあまり目立たないが嫌う人間のいない名バイブレイヤーなので、ずっといて欲しかったが、ある時期を境にパッタリと出てこなくなってしまった。多分、結婚して実家を出たからだろう。目の前にあるものをそのまま描く栗本薫らしい。
ともあれ、今作はそんな犬ゆえの優しさと切なさの味わえる佳作である。
『おせん』――時代小説
大きすぎる町娘おせんは、自分の醜さに劣等感を抱いていた。生娘が次々と夜這いに遭う事件が発生しても自分には関係ないと思っていたが……。
コンプレックスの塊で引っ込み思案だった女が夜這いをきっかけに明るくなり嫁に行く、という本作のあらすじは、江戸時代の倫理観は現代とまるでちがうのだな、という感慨を初読時にもたらし印象的だったが、なんのことはない「レイプ=チンコが立つくらい魅力的だよ」というエロ漫画的非モテ解釈であり、後に薫が書きまくるストーカー強引に押し倒されて相思相愛になり心中するホモ小説と同じである。
大女の悲哀というよりも、ヤリたいときにヤリたいといわないくせに被害者ぶる面倒くさいメンヘラの話である。
それにしてもレイプ中に(お前はいい女だ)的なテレパシーを飛ばしまくっている常習レイパーさんは気持ち悪い。なぜこれをいい男のように描写してしまうのか。多分、男性向けエロ漫画に変換するとおにんにんをこすりながら「がんばれ♡がんばれ♡」という行為に当たるのであろう。おお、きもい。
ただ、この話、自分は結構好きである。多分面倒くさいメンヘラだからであろう。
『保証人』――社会派ミステリー
身元不明の変死体が出て、調べたら保証人になってて、という話。
松本清張を意識したであろう、テンプレのような社会派ミステリー。オチが妙におセンチなのが栗本薫流。だいたい他の作家の作品を劣化コピーしておセンチをふりまくのが栗本薫流なのである。
よって社会派小説の出来としてはどうかと思うが、自分は清張より好きだ。おセンチだから。
『紅』――芸道小説
日本舞踊常盤流の家元、常盤しず。評論家の八汐は、今夜の舞台に念入りの化粧をするしずに、彼女を見続けてきた長い年月を思い返す。だが、しずは一つの決意を固めていた――。
紅だーーーーーーーー!!
すいません、あの時代を生きたおっさんとして「紅」という言葉を聞くととりあえず絶叫しないといけない呪いにかかっているもので……。でもこの作品のタイトル、ルビはふってないけど多分「くれない」ではなく「べに」だと思うんですけどね……。でも呪いだから……仕方ないから……。
内容自体は、芸の道一筋に生きた女の最後の舞台という、いたって普通の話。栗本薫らしくお化粧シーンを執拗に紙幅をかけて描写しながら、一人の半生を結局男女の中にはならなかった男の視線から描く、ということを短い枚数でよくやっている。もっとも、話の筋自体はさして面白みがないものなので、「舞台」という場所の神聖性とそこに立つ人間の思いにこだわりがない人間からは退屈なだけの話だし、こだわりのある人間から見ると薄っぺらい話なんじゃないかという気がしてならない。
個人的に気になるのは本文よりも前書きであったりする。
小説も「芸」にほかならず、私もまた小説という「芸」の深淵にとらわれた若い芸人であるからだ。
失礼ながら、芸というよりは作文か卒論か、ただの文章の垂れ流し、といった小説をみかけないわけではないが……
ただの文章の垂れ流し……か。まさか栗本先生もこの二十年後、自分がまさにその言葉によって非難され続けようとは夢にも思わなかったろうに……。ぼくも夢にも思わなかったよ……
『夜が明けたら』――風俗小説
田舎町に住む不良少女のあゆみは自分の街を嫌い、東京に憧れていた。そんな彼女はある日、同じように東京に出ていきたがっている不良少年のリュウに出会い「かもめ」というスナックに入り浸るようになるのだが――
系譜としては『ハード・ラック・ウーマン』などの「輝きたいけどうまくいかない若者」の話である。ストーリー自体はわりと単純だし、やたらにキザで古臭くて恥ずかしいが、こうした憧ればかりが先行している何物でない人間を書かせると、やはり栗本薫は上手い。せっかく買ったカッコいいバイクが、家業の手伝いで干物の箱を運んでいるうちに砂をかぶり白茶けていく描写など、自分の中の大事なものが日常にもまれて色あせていく感じが実によく描けている。
今作は何年も前に見た夢をそのまんま文章にしたものだという。初読時は「はえ~小説家は夢のなかまで物語なのか~」と素直に思ったが、いまにして思うと若い頃の薫は夢に見るほど輝きたくて、でも輝ける訳がないという諦念に満ちていたのかと思うと、純代少女に切なくなる。
『忘れないで ~forget me not~』――SF小説
ある日、突然、痴呆症にかかる若者が大量発生しはじめた。その真相は……
SFによくあるパンデミック物、謎の奇病物である。
どう見ても小松左京のおセンチSFです。本当にありがとうございました。
茶化してはみたものの、栗本先生のおセンチSFのなかでもかなり好きな作品である。ラストシーンがいけてる。一発ネタの短編SFのためネタバレを避けるとこれ以上のことは云えないが、模範的な良いSFです。テーマ的には後のSF短編集『滅びの風』に連なる作品でもある。オススメ。
動物として健康に生きるにゃ、必要なかったろうが、おれにだって、忘れずにいたいことは、これでけっこうあったんだからさ
『公園通り探偵団』――青春小説
家出少女がヤクザのような外見のスナックのマスターのもとに転がり込む淡い恋物語。
「吾妻ひでおが描く美少女みたいな子」「いしかわじゅんの方じゃない?」などにあらわされるように、意図的に固有名詞をだしまくって若者文化を演出する辺りは青春小説である。最近、朝井リョウの小説を読んでみたら固有名詞連発しまくってたので、この手のやり口は『なんとなくクリスタル』の時代から現代まで続く基本技なのであろう。副作用として五年くらい経つともう恥ずかしいというのがあるが、なに二十年も経てば懐かしくなるのでどんどんやれば良いのだ。
話の内容としては怖いもの知らずの美少女と強面の不器用なおっさんっての組み合わせって萌えるよね、というだけの話で、ストーリーとしては作中で書いてあるように『ローマの休日』でしかない。栗本薫の意図的なケーハク文体が好きなら楽しめる。
『離魂病の女』――捕物帖
お役者捕物帖シリーズの一作。『吸血鬼 お役者捕物帖』に収録されているので詳細はそちらへ。
捕物帳として無難な一作です。
『嘘は罪』――都会派恋愛小説
クラブで歌っているジャズシンガーが有名俳優に口説かれて一夜の恋をする情景を描いた話。
前書きが薫自身が「印象がうすい」と云っているとおりに通りに、本当に印象がうすい話。まずもっとストーリーがないし。翻訳小説風の文体を書きたかっただけらしいが、やたらと文中に()での補足が多用されていたり、しょっちゅう話が雑談にそれていくところはそれっぽいと云えなくもないが、あんまりうまくやれているとは思えない。そもそもうまくやれていたら調子にのって翻訳風の長編ミステリとかも書いているはずなので、多分自分でもピンと来なかったのだろう。
作者にとっての印象のうすさは晩年に同名の長編を書いてしまっていることからも窺える。いや、有名な曲名からとっているので仕方ないのかもしれんが、まったく同じにするなよう。あと、この作中に出てくる有名なジャズの曲名のほとんどを晩年の同人誌のタイトルに使っているあたり、三十年くらい薫の情報更新は止まっていたのかなって感じがして切ない。
そんな感じで、わりと読まないでもいい話である。
『ガンクラブチェックを着た男』――本格推理
伊集院大介シリーズ。『伊集院大介の冒険』にも収録されているので詳細はそちらへ。
良くも悪くも伊集院大介らしさの出た佳作である。
『五来さんのこと』――私小説
若くしてガンで亡くなった母方の叔父の闘病を支えた親友、五来さんについて語った私小説。
文章がいつもよりもぐっと落ち着き、まるで普通の大人の身辺小説のようなたたずまいを見せつつ、しっかりと読みやすいあたりは、さすが文体模写で短編を書かせれば当代一であった栗本薫である。こういう小説やエッセイじみた物をお固い文芸誌に定期的に発表していれば、もっと文壇での扱いもちがっただろうに。
もっとも、今作を私小説としてみたときは、あくまで主体が栗本薫自身ではなく五来さんという人物のため、あまり作者の内面がさらけ出されておらず面白みに欠ける。
ただ、叔父の親友である五来さんという人物を、本人に聞くのではなく、外から眺めている視点は、その距離感がなかなかに面白い。強面で、存在感を消すようにたたずみ、しかし弔事のときには親友を呼び捨て熱くあの世での再会を誓いながら、決して自分と叔父の過去のことをくわしく語ろうとはしなかった五来さん。
ごまかして書いてはいるが「明るいイケメンリア充の叔父さんに恋慕を秘めた非モテの五来さん」という四十年にわたる片思いホモを観察しているようにしか見えない。というか腐ったいまのぼくにはそういう風にしか読み取れない。身内のナマモノだからって自重しないでもいいのよ薫! それともビジュアル的におっさんはダメだったの若い頃の薫は?
まあそういう「高度に発達した友情は恋情と区別がつかない」という話は置いとくとして、栗本薫が五十六歳という若さで膵臓がん逝去した今となって読むと、五十四歳で胆嚢癌で亡くなった叔父の話というのは、なかなか考えてしまうものがある。ガン家系だったのかしらねえ。
『時の封土』――ヒロイック・ファンタジー
グイン・サーガの外伝。同名の短編集にも収録されているので、詳細はそちらで。
出来自体は無難なファンタジーの短編です。
さすが『小説新潮』というべきか、栗本薫の恥ずかしい部分は控えめになっており(それでも時々漏れ出ているけど)、「バカお断り」という姿勢で文庫の王様でありつづけている新潮文庫に加わるにふさわしい、質の高い無難な短編集に仕上がっている。バラエティが豊かであり、恥ずかしさ控えめであるため、栗本薫初心者を騙くらかすにはこれを渡すのが手堅いのではあるまいか。(なお、うなぎは実際に何回か実行したことある模様)
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