048 ライク・ア・ローリング・ストーン

83.05/文藝春秋

86.08/文春文庫


【評】うなぎ∈(゚◎゚)∋



● キモさこそが切なさ


 短編集。『ライク・ア・ローリングストーン』『One Nightララバイに背を向けて』『ナイト・アンド・デイ』以上三篇収録。

 作者の感じた七十年代の空気を描いた作品……ということだが、もっとわかりやすく云うと、栗本薫流『ガロ』『COM』、この一言に尽きる。なんつっても世界観のベースが宮谷一彦なんだから。宮谷一彦を知らない人には「ググれ」としか云いようがない。



『ライク・ア・ローリングストーン』

 学生時代の知り合いから五年ぶりの電話がかかってくる。その女性・ネコは、その奔放な性格でかれのバンドをぼろぼろにした相手だったのだが……


 七十年代、というのは、要するに栗本薫が「若者」であった時代のことで、つまり、これは「若者」の話です。若く、何者でもなく、そのくせいい気になっていた、あの頃の話。

 というわけで、内容は特にない。

 もしかしたら、栗本薫作品の中でもっとも「文学」に近いかもしれない。文学にするには文章がキザったらしく、ダサく、恥ずかしいが。無意味でいい気になっていてバカらしくて、そのくせ人間関係ぐだぐだで、そんな「青春」というものをうまく書いています。

 でも、おれはこんな都会的な青春、送ったことねーっつうの。

プロローグとエピローグを読めばだいたいわかるので、この八ページだけでも読むといいかもよ。



『One Nightララバイに背を向けて』

 ロックとブルース狂いの男が、ある日出会った女は、言葉少なにかれについて来、かれに抱かれ、かれのブルースを聞いた。しかし、二人の仲はかれの思うようにはいかず……


 これ、いい話だよ。

 いい、というのもちがうな、なんつうか、すごい話だよ。だって、ストーカー体質の男が女を殺すにいたるまでの心理をみっちり書いた話だもの。

 このね、主人公がやばいんだ。実に犯罪者っぽくて。でも切ないんだよね。本当に、社会とうまくやっていけない奴なんだなって感じがして。

 思考の端々にさ、往年のロックやブルースの名曲が出てきて、そのフレーズを思い出しているわけよ、ことあるごとに。オタクだね、ホント。驚くほどに口下手だし。

 その中でも――


 しゃべらなくてもいいのだと思うと、わりあいなめらかにことばが出てくることに、オレは気づいた。しゃべらなくてはいけない、そう思うと、頭の中がまっ白になって何ひとつことばが出てこなくなる。


 という部分なんか実に良く書けてる。

 また、ふられた直後に、プレゼントしたレコードが捨てられているのを発見したときの言葉も最高にきもくて、いい。


 あんなに、オレのギターも、歌も、オレのからだも、オレの口下手なしゃべり方も、ぜんぶ何も云わずにうけいれていたのに、レコードぐらいうけとってくれないのはおかしいと思った。

(中略)

 ただ、オレがここにいて、靖子がここにいるのだから、一緒に寝て、しがみついて、ギターをきかせて、レコードも何でも、オレのもっているものをやってしまおうと思った。

 どうして、こんなにかんたんで、単純なことが、あの女にはわからないのだろう。わからないことがいっそういとおしく思われる。


 全編、こんな調子で、すべてに泣きたい。でも泣けない。みじめすぎて。

 この後、栗本薫は何度かストーカーの話を書いたが、ストーカーという単語のなかった時代に書いたこの話が、一番せつなくうまくストーカーの心理を書いている。ラスト、まったく理に叶っていない理屈で女を殺すことを決意するくだりは、理に叶っていないのになぜか納得してしまう。

 逆を云えば、おれがどういう形にきもい奴なのか、この作品を読むとわかるかもしれない、それくらい、変なところで共感できる作品。


 今では私もストーカー。

 泣ける小説はもちろん『One Nightララバイに背を向けて』

 なぜならぼくもまた特別な存在だからです。


『ナイト・アンド・デイ』

 あの夏、ぼくが出会ったのは、異様な執念をもってエロ劇画を書きつづける男だった。しかし、ぼくは流れのままにかれの妻を寝取ることになってしまい……


 あのエロ劇画界の御大・石井隆大先生(というエロ劇画家がいたのだよ、昔)をモチーフに、想像の翼を広げて書いた作品。

 検閲されて修正をかけられることがわかりきっている女性器を、異様に克明に書きつづける佐崎のキャラ造形が見事。なんで消されるのに書くんですかと聞かれて、ニタッと笑い「だって、あるもんだから、書くのが自然でしょう」と答える気持ちの悪さが最高。

 ビジュアル的に飯野賢治(というキモイゲームデザイナーがいたのだよ、昔。今は痩せてイケメンになっている不思議)をはめるとピタッと来るね。マジキモイです。

 その永遠なるキモさをもって「聖サザキ」と妄想し、終わるラストがなかなか秀逸。


 総評としては、異色作であることを評価。

 キモキャラたちの饗宴をくらえ!

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