036 メディア9
82.04/徳間書店
86.03/角川文庫
99.11/ハルキ文庫
【評】うな∈(゚◎゚)∋
● 強引でいいかげんで感動的な名作
文化の停滞した地球では、数年に一度帰還する宇宙船のもたらす変革だけが人々の熱狂を呼び覚ましていた。そしていま、宇宙船メディア9は十年ぶりに地球へと帰還した。だが、宇宙港にとどまったメディア9は決してその扉を開かず、連絡を絶つ……果たしてメディア9になにが起こったのか――
いきなり余談から入って申し訳ないが、自分が読んだ角川文庫版の表紙が好きだ。当時、八〇年代のSF関係の本でよく表紙やイラストを描いていた佐藤道明氏の手によるもので、川又千秋や神林長平、山田正紀の著作の表紙などでよくお目にかかる。近年では……というほど新しくもないが、アニメ『ラーゼフォン』関連のイラストもいくつか手がけている。
神林長平の『プリズム』に強い衝撃を受けたこともあって、佐藤氏の手によるくすんだ色合いの未来都市や謎めいた生物や女性が、自分にとってのSFのイメージを形作っている。今作『メディア9』の表紙は、中でもお気に入りの一枚だ。
が、内容との合致を考えると、後年のハルキ文庫版の、都市上空に浮かぶ宇宙船を見上げている男女のイラストの方が正しい。というか、この角川文庫版の表紙にかかれている、ハゲかけた男なのか女なのかわからない怪生物だれだよ? どこに出てきたんだよ? 母さん全然わかんないわよ!
近年はハヤカワ文庫でも、佐藤氏やこういう雰囲気をもった表紙をあまり見ないので、なかなかに淋しい。もっとも、こういう意味不明な、近寄りがたいマニアックな雰囲気を全面に出しすぎたせいでSFはすたれたのだとも思うので、近年ラノベに近い装丁が増えたのは正解だと思うのだが。
さておき、本作。
栗本薫初の長編SFとなる本作は、ありていにいってひどい作品だ。話の根底にテーマ性だとか革新性だとか伝えたいことだとかがなにもなく、既存のSF作品のパッチワークでできている。それも有名な作家、作品ばかりで、素人目にもハッキリと影響が見てとれる。具体的に云うとブラッドベリ、ハインライン、小松左京あたりだ。
SFとはセンス・オブ・ワンダーだとよく云われる。中島梓もSF評論本『道化師と神』においてセンス・オブ・ワンダーの重要性を説き、それがない作品はSFとは認めぬとばかりの論理をふりかざしている。彼女自身のその論によるならば、この『メディア9』はまったくSFではない。そもそも巻末の解説にすら、好意的な書き方とは云えオリジナリティの欠如を指摘されるSF作品など、滅多にあるものではない。それくらいに、この作品はどこかで見たことのある要素だけで構築されている。
だが、感動した。
メディア9の真意をめぐるミステリーを軸に、この物語は様々な要素をふくんで展開していく。親と子の愛。一人の青年の成長。伴侶との出会い。テロリストとのアクション。生き方を違えた人同士の確執。そして生命の進化。
たしかに、そこにあるのはどこかで見たことのあるものばかりであり、その根底に一本の筋が通っているわけでもない。非常に場当たり的で、刹那的で……しかし感動的だ。 母シーラの、親としての愛と女としての愛。恋人ヴァイの、強いからこそ待つという選択。苦しみに満ちた二十年に「後悔はない」と云いきるエリザベートの潔さ。老ゼノの洞察と優しさ。父ロイの信頼深きただ一言「了解」。主人公リンの若さ、あおさ。
すべてが既視感に満ちながら、なんと読者の心をうち、ゆさぶることか。読んでいる間、幾度も涙腺を刺激され、背筋をはしる感動があった。ただ物語として楽しむだけではなく、己の人生をふりかえり、そして励まされるような言葉がいくつもあった。己と異なる生き方の尊さに気づかされる、ハッとする場面が幾度もあった。
たしかに、この物語にオリジナリティはない。
だが、他のだれにできる? ブラッドベリの叙情とハインラインの闘争と小松左京のSF哲学を一つにまとめ、そしてわかりやすく情感たっぷりに伝えることが、だれにできる?
たしかに、栗本薫にオリジナリティはないかもしれない。しかし彼女は優れたアレンジャーでありミキサーであった。その点に関しては、唯一無二とすら呼びたいほどの才だった。
彼女の作家人生における役割とは、あるいは上の世代の偉大な作品を、下の世代にわかりやすく翻訳して伝えることだったのかもしれない。『グイン・サーガ』が日本にファンタジーの土壌を作り、伊集院大介が名探偵不在の時代を支え、森茉莉の耽美をJUNE小説という形へと継承させていったのは、すべて同じ意味を持つのではないだろうか。
栗本薫は時代の橋頭堡だった。大作家のように壮大な視点をもたない。名作のように緻密な構成をもたない。だが、彼女はいつも青臭く、情熱的で、我々をアジテートした。おそれるな、進め、と下の世代をかりたてはげました。
今作は世間で名作とも傑作とも呼ばれることはないだろう。だが、この無節操なまでの希望を、若さを、青臭さを、自分は愛する。その無様さ、無内容さをもふくめて、これこそが彼女にとってのSFであり、センス・オブ・ワンダーであったのだと。
そう愛さずにはいられない。
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