034 魔界水滸伝 2

1982.03/カドカワノベルス

1986.10/角川文庫

2000.11/ハルキ・ホラー文庫

2015.05/小学館P+D BOOKS

<電子書籍> 有


【評】うなぎ∈(゚◎゚)∋



● まかすこ本格始動!


《古き神》のツァトゥグァのあらわれた藤原邸から脱出した安西雄介と伊吹涼は、気配をひそめて機会を窺っていた。そしていよいよ動き出そうとした矢先、涼の弟・風太が二人の前にあらわれ「両親も祖父も別人に入れ替わった気がする」と訴える。雄介は伊吹兄弟と弟・竜二をともない、彼らの住む団地へと向かうが、そこは恐るべき場所へと変貌していた――!


 自分にとって、まかすこの本格始動はここからである。

 しかし、そうであるだけに、改めてちゃんと読み直すのが少々怖くもあった。

 二十年前に読んだ時は、たしかに面白く感じられた。だが、当時の自分には読書量が足りず、それゆえの面白さだったのではないか? という疑いが心のどこかにあったのだ。なにせ当時はこのシリーズの元ネタの一つである永井豪の諸作品も読んでいなかったのだ。

 だが、その後、自分は『デビルマン』を読んでマンガ史に残る傑作ぶりの虜になったし『魔王ダンテ』も『凄ノ王伝説』も『バイオレンスジャック』も、その他もろもろの永井豪の残した傑作の数々を読んできてしまった。元ネタを知った今となっては、魔界水滸伝も色あせて見えるのではないかて……? そういう危惧が、少なからずあった。オタ界隈でシリアスなのからコメディーまでクトゥルー物がずいぶんと増えもした。初めて接するクトゥルー作品であった初読時とは、明らかに状況が変わりすぎており、当時のような面白さが得られるとは、思い難かったのだ。

 そう思いながら二十年ぶりに読んだこの二巻目は――。


 めっちゃくちゃ面白え!

 えー、なにこれ超面白いじゃん!

 雄介がいきなり援交女子高生(この当時は援交という言葉はなかったけど)と一発ハメている冒頭からいきなり面白い。前巻のエロというよりグロシーンだったらセックスとは違いちゃんとサービスシーンになりつつ、女子高生に対して冷たい雄介のキャラが立ってるし、しかもこの巻の後半のシーンとの対比にもなっていてストーリー上の意味もあるときたもんだ。

 ちょっと話が逸れるが、この後、エロシーン前後の気持ち悪い繰り言で何回もぼくをげんなりさせてくれる栗本薫だが、実はピロートークのない事後の描写は上手い。男の冷たい――というか冷静な態度はカッコイイし、女のたくましい反応もちょっとした生活臭を漂わせたりしつつ可愛く描けている。『朝日のあたる家』冒頭の透と亜美の事後のシーンはとても好きだ。なので、この援交女子高生も、本当にここしか出番がなかったのに、けっこう印象深く記憶に残っていたりする。

 そんでその後の実在の文献を交えた「妖怪は別次元の生き物かも」論やクトゥルー神話の奇妙なオリジナル性の話もいかがわしさ満点でありつつもっともらしくて引き込まれる引き込まれる。前巻のスじっくりとした書き出しが嘘に思えるくらいいきなり面白い。


 だが、この巻の醍醐味はなんといっても団地での攻防だ。

 まかすこ初期は現実世界から一歩外れてしまう瞬間を描くのが魅力だが、この二巻の団地の描写はその中でも最高の一つだ。徘徊するバス、学校帰りの子供が見当たらない道路、そして洗濯物がいっさい干されていないベランダ――ありふれた団地の光景が、ほんのささいな違いでおぞましく変貌することを示すこの描写力よ。

 そしてそこに住まうねっとりとしてどこかずれた本物そっくりの別の「なにか」――インスマウス人。攻撃するでもなく、話すこともなく、ただ粛々と数を増やして取り囲んでくる魚臭いこのクリーチャーは、魔界水滸伝を代表する名脇役だ。クトゥルー物の基本ともいえる名作『インスマスを覆う影』由来のものではあるし、云ってしまえばゾンビの亜流に過ぎないのだが、この「別に攻撃してくるわけではない」というおぞましさは、栗本薫の筆が為せる技だ。

  少しでも著作を読んでいればわかるだろうが、栗本薫は非常に自己主張の強い、「私がここにいるのだ」ということを発信せずにいられない人間だ。それゆえになのか、個のない存在、群生という種に非常な恐怖と嫌悪を抱いているようだ。この旧シリーズの最終的な敵もそうなるあたりに、その恐怖のほどが窺える。近年よく耳にするようになった概念「哲学的ゾンビ」など彼女のもっとも嫌悪するところではなかろうか。

 そうした嫌悪感がこのインスマウス人を描く筆になんとも云えない魅力を与えている。


 そしてまた、そのインスマウス人を迎え撃つ安西兄弟の良さときたら!

 中島梓は小説道場において「キャラの個性とは外見でも設定でもない。反応、リアクションだ」ということを講義していたが、このシーンでの安西兄弟のすべての台詞や行動は、まさにそうした反応によるキャラ立ての粋だインスマウス人の存在に我慢がならず暴れはじめるところも、乱戦の中であっさりと涼を見捨てるところも、五階から飛び降りることに躊躇しないところも、すべてが痺れる。

 別にすごく特別なことを云っていたり見たこともない斬新な行動をとっているわけではない。そもそも安西雄介というキャラ自体、永井豪の『学園退屈男』の主人公・早乙女門土をベースに作られたキャラであることは明らかだ(実際、栗本薫は門土と相棒の竜馬のコンビが好きだとエッセイなどで発言している)。それに平井和正や西村寿行を加えると、だいたい雄介が完成するだろう。たが、そうした設定や元ネタの問題を越え、この団地でのシーンは、一つ一つのことに対して実に生き生きと、ストーリーのためのゼリフではなく「このキャラはこういう人間だからこう云うのだ」と納得させられてしまう言動に満ちている。再読していて一発で安西兄弟に惚れ直してしまった。初めて読んだときも、そういえばこのシーンで雄介が主役であることに気づいたのだった。


 その後の、車で移動中に気がつくとタイヤの感触がアスファルトのそれではなくなり、外にはモアイ像とストーンヘンジが並んでいるシーンも最高だ。ライターの火で暗闇の中に一瞬だけ浮かび上がるモアイ像の姿が脳裏に浮かぶ。ただ怖がらせようとしているというより、異なる法則の世界に入り込んでしまった感じが一発で伝わってくる。


 山場は中盤で過ぎて、後半はちょっと小休止というべき荒事のない展開となる。

 その後も何度か栗本薫が自慢していた「原稿用紙20枚丸々一人の女性の外見描写」のシーンだ。雄介の想い人、葛城秌子の登場だ。

 改めて読んでも、これだけじっくり書かれてもこの葛城秌子という女性がどういう外見なのかいまいちわからないのだが、よく考えたらこれが後に悪化して「やたらくどい割にはいまいち伝わってこないいつもの美形描写」となるのかもしれない。薫は力説した部分よりサラッと流した描写が異様に上手かったりするからなー。まあ、このキャラは『ネフェルティティの微笑』『黒船屋の女』等、八十年代にそれなりに書いたものの全部滑っていたファム・ファタール物の系譜だから、しょうがないか。

 まあ、とはいえ物語の展開上、雄介の想い人である秌子をここで過剰に描写して読者に印象づけようというのは作劇的には非常に正しい。後々のストーリーに深く関わるキャラなのに、登場シーンが非常に短いからね。そりゃ出会って五秒で即合体みたいな最近のAVみたいな展開になっても仕方ないよね。

 と、批判的に書いてしまっている気がするが、秌子に対する雄介のまったく素直じゃない突っ張った反応はやはり良い。非モテめいていて人間味がぐっと増した。意識したのか無意識なのかはわからないが、一巻目なのに登場が遅くて主人公力の足りなかった雄介が、この二巻目で様々な面を見せて、読み終わる頃には主人公以外のなにものにも見えなくなるのが非常に面白い。


 他にも主人公コンビになるのかと思われた伊吹涼に対して、雄介が本気でイラついているのも最高だ。なんか作者の想定というよりは、雄介のキャラが立ったら自然とこのうじうじ男を情けなく思うようになってしまった感じが良いのである。あっけなく見捨てるし疑うしビンタするし、本当に相性が悪いのが面白くてたまらない。

 こうした諸々を通して、キャラクターも、化け物も、作品世界も、この巻から一気に「物語のための存在」から脱却している。次巻への引きがなかなか秀逸なのもあるが、この感覚こそが「次の巻を読みたい!」と心から思わせる強烈な力となっている。妖怪だのクトゥルーだのに興味のある人間で、この二巻を読んで続きを手に取られずにいるはずがあろうか?いやない(反語)


 数々の作品に触れたいま、まかすこをオリジナリティーにあふれた作品だとは思えない。だが、そんなことが些細に思えるほど、やっぱり抜群に面白い! そう再確認させる最高の巻であった。


 ちなみに表紙画像は文庫版だが、最初に読んだのは文庫版なんだけどカドカワノベルス版の表紙のほうが好きなんだよねえ。あの大仰な惹句が帯ではなくて表紙にデザインされてしまっているのが角川春樹感満載で最高なのさ。でもノベルス版はあとがきが折り返しについている短いものしかなく、文庫版はグインのように長めのあとがきがついているので甲乙つけがたいところである。

 いずれにしろ、やはり豪ちゃんのイラストがついてこそのまかすこという感じなので、別の表紙に差し替えられているハルキ・ホラー文庫版や、そもそもイラストのない小学館P+D BOOKS版は非常に残念である。豪ちゃんの方の版権も絡むから難しいのだろうが、なんとかノベルス版か角川文庫版で電子書籍化して欲しいなあ。無理だろうなあ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る