033 グイン・サーガ9 紅蓮の島

1981.12/ハヤカワ文庫

<電子書籍> 有

【評】うなぎ


モンゴール公子ミアイルな幼いころの自分を映し見て絆を深めていくマリウス。しかし冷酷な兄ナリスの指令が彼の心を引き裂いていく。一方その頃、グインと合流したリンダ達は、無人島に眠る謎に触れようとしていた……。




 この巻かあ~。

 ストーリーがめっちゃ雑に進行していくんだよなあ……。

 マリウスがミアイル暗殺命じられて断る断らないでぐっじぐじした挙句「やだもん」と断ったら連絡役の魔道士が「おかのした。代わりに殺しといたったで」とかやって「え、じゃあ最初からマリウスに殺させようとする意味なくない?」と思うし。

 で、後半の無人島のくだりでは、唐突にクトゥルー的な怪生物が出できたかと思えは出てくるなり宇宙にすっ飛んでって「は?なにその驚かすためだけに現れたご都合主義的なアトラクションモンスターは?」という気分になるし。どうして、なんのためにここで怪生物がスポーンしたのかその後ずっとわかんなくて、めちゃくちゃ存在の浮いた巻として記憶に残ってたんだよね……。


 と、ストーリー的にはアレかなって感じだったんだけど、読み直してみると、むう、細々としたところが印象深く残ってて「あー、このシーンこの巻だったかあ」「こういう描写をサラッとするのがうまかったんだよななあ、若い頃の薫は」としんみりしてしまった。

 例えばマリウスがミアイル暗殺を命じられたときに「夜が、深い」だけでシーンチェンジしたり、マリウスが旅立つときに「雲が、早い」だけで心情を描いたり。基本、饒舌すぎる栗本薫が、ズサッと切るような文章を書いたときの爽快感よ。


 漂流船から他国の御座船に乗り移るときに、リンダが自由な子供の時間が終わることを確信して船に駆け戻り、イシュトの作ってくれた木彫りの人形を取ってくるシーンも良い。栗本薫が好きだと語っていた、『赤毛のアン』でアンが引越しするときに家の床にキスをするシーンを、どこか想起させる。その物思いに対して、イシュトヴァーンが無頓着なのがまた切なくて良い。

 栗本薫は青春時代を描くのが上手い作家だとはあんまり言えないのだが、青春の終わる瞬間を描くのは非常に上手い(そして青春の後の人生を描くのがちょっとアレ)。僕はいつだって栗本薫の描く青春の終わりが大好物さ……!


 そうした栗本薫のセンチメンタルな少女部分がよく出ていると同時に、ちょい役として登場するアグラーヤ王ボルゴ・ヴァレンの、食えない政治家っぷりが男性的な骨太さで良い。モンゴールからパロの反撃へと変わりつつある時流を掴み、どう転んでも自国に損のないように振る舞う姿は惚れ惚れとする。

 そしてその食えないたぬきに毅然とした態度で対等に渡り合うレムスの成長ぶりがまた素晴らしい。王者の気質と、危うげな征服者の片鱗、そのどちらも感じさせる筆致が絶妙だ。

 そんなレムスに、グインが送る「十ある力のうち、普段は二だけ出せ。そうでないといざという時に残りの八が出ない」や「人は自分が認めるよりも先に力を示されることを嫌う」といった訓戒は、大変に示唆に富んでいる。こんなことを書かれると、作者を賢い人だと思って尊敬しても仕方ないな、と思いました。(小並感)


 そんなわけで、ストーリー的にいかがなものかな、と思ったものの、小技がいちいち利いていて、悔しいが面白い巻だった。やっ゜はりグインの、というか栗本作品の魅力って、ストーリーじゃないんだなあ。

 あとこの「家政婦は見た」的な表紙は、真面目な意味とインパクト的な意味の総合得点で、加藤直之の表紙絵で一番良いものではなかろうか。

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