032 天国への階段

81.12/角川文庫

00.07/ハルキ文庫


【評】うな∈(゚◎゚)∋


● 本歌とりのうまさが光る短編集


 現代を舞台とした短編集。『探偵(悲しきチェイサー)』『イエロー・マジック・カーニバル』『ワン・ウェイ・チケット』『天国への階段』『新宿バックストリート』『ポップコーンをほおばって』『おいしい水』『軽井沢心中』『イミテーションゴールド』以上、九編収録。

 ほとんどの作品が、同名の曲をモチーフに作られている。


『探偵(悲しきチェイサー)』

 モチーフとなった曲は沢田研二の同名曲。

 いまにうまくいくさと云いながら、ほこりまみれの国道を二人っきりで歩きつづけた武司と次郎。

 ある日の思いつきからはじめた探偵業でつかんだ、一発逆転のチャンス。しかし、浅はかな二人を待っていたのはチャンスなどではなく、裏社会の罠に過ぎなかった……。


 理由なんかありゃしない。

 ただふっと、私立探偵になってみたいな、とオレは思ったのだ。


 という出だしに象徴される、でたらめを生き方をした小物ちんぴらの末路を描いた作品。だれにも馬鹿にされ相手にされなかった二人のチンピラの、それでも二人だけにはあった確かな絆。すべてが手遅れになったあとで、命を捨ててやっと報いた最後の一矢。爆発のフラッシュバックの向こうに広がるあの国道。

 どこがどう自分のツボを突いているのかもいまいちわからんが、無性に泣ける。阿久悠的男の世界を、乙女ビジョンを通したらこうなるのだろう。

 ただ短編とは云え、愚か者の成り上がりとハメられて破滅する流れがどちらもイージーに過ぎ、その辺りが物語としての面白みに欠ける。ディティールを詰めて書けば泣けるピカレスクの名編となっていたろうに、ラストの余韻しか見どころのない佳作に留まってしまっている。まあ、薫が書きたかったのは破滅するホモカップルの心中エンドだけだったからね、仕方ないね。


 ジュリーマニアとして云わせてもらえば『探偵(悲しきチェイサー)』はこういうイメージの曲ではない。同じジュリーならアルバム『ストリッパー』収録の『DIRTY WORK』の方が近いだろう。あの曲も好きだ。


『イエロー・マジック・カーニバル』

 都会の片隅にある、小さなバーのとある一日の話。

 特に事件はなく、都会的な話を肩肘張らずに「都会ってこんなもんさ」みたいなさりげなさが、なるほどYMO的といえばYMO的。


『ワン・ウェイ・チケット』

 一転して、都会を夢見て上京してきた田舎者が、都会のどこにでもある事件で消えていく話。

「ぼくら」シリーズの石森信を主役に、冴えない田舎モンたちに「アンタらバカだよ」と優しい視線を投げかけている。ちょっといい話。

 しかしふっるいなこの都会。いやまあ実際問題、古い話なんだけど、それ以上になんというかこう、ね。


『天国への階段』

 ある有名女優の自殺をテレビが報道する。それは一つの復讐劇の幕切れであった……。

 ままならぬ愛にはじまった因果はままならぬ愛によって悲劇におわる。

 内容自体はたいしたものでもないが、哀感のただよう作品の空気は大好物です。厨二的悲壮感が抜群である。実に栗本薫的だ。


『新宿バックストリート』

 自分を誘拐した相手にほれてしまった少女と、抗争に明け暮れるしかないヤクザと、二人の物語にわりこむ資格のないバーテンと。新宿のバックストリートであった、小さな失恋の物語です。

 それ以外になにを云えばいいのやら……。大変少女漫画的ではある。吉田秋生の初期作品とか好きな人に合いそう。


『ポップコーンをほおばって』

 幼女殺人事件の容疑者は一人の若い青年だった。なぜ彼は幼女を殺さねばならなかったのか……。

 世界に拒絶されつづけたと感じた青年の、行くあてのないやみくもな怒り。「だれのせいで」も「だれに対して」も関係ない、ただ自分の怒りを知らしめたかった若さゆえの暴走。若さという名の呪詛。

 そんな無茶苦茶な、と思っても、そんな無茶苦茶なのが若さだったりするのです。

 こういう何者でもない若者の鬱屈を書かせると、この時期の栗本薫はじつに上手い。あざとさや過剰な部分はあるものの、世代の代表者、という感じが出ている。最近は自意識こじらせ系の話がよく話題になるが、薫ほどの名手はいないと思うね。問題は本人はこういう心理を「非モテをこじらせた面倒くさい奴」と思わずに人間の普遍的な心理と思っていそうなところではあるけど……。


『おいしい水』

 都会で生きるキャリアウーマンは気まぐれにバーで青年に声をかける。それは彼女にとって最後の「青春」のチャンスであったのだが…

  無償の理解を求める若さと、その素晴らしさをわかりながら最後に女を踏みとどまらせる現実という名の裏切り。

 ほんと、女の気まぐれわからんわー。でも、女の気まぐれというか、栗本先生のは「一発やったら冷める男」みたいな感じがあって、というかそういうキャラが多くて、なんか変な感じはある。単に賢者タイムですよねこれっていう……。そう思うと栗本薫に出てくる面倒くさいキャラはだいたい非モテと賢者タイムで説明がつくのかもしれない……。

 いや、わりと好きな話なんですけどね……。


『軽井沢心中』

 ただ一夏の経験したかっただけなのに、お互いのやりたい盛りのテンパリ具合が悪い方悪い方に空回りして、気がついたら好きでもない相手と心中することになっていく軽いんだか重いんだかわからない展開がとても「ゲンダイのワカモノ」という感じで、コメディホラーみたいな作品。お互いの独り言の繰り返しで進んでいく見せ方が面白い。ケーハクな文体は、まあいつものようにふっるーいんだが、ここまで過剰だと時代を戯画化しているのが伝わってくるので、あまり痛くはない。


『イミテーション・ゴールド』

 低俗週刊誌の記者が、スキャンダル記事をでっちあげるためにアイドルの家のゴミ箱を盗もうとはりこみをする話。

 ゴミを盗もうと必死になっているシチュエーションの滑稽さもさることながら、そんなくだらない生き方も「アリ」と云いたげな陽気な雰囲気がいい。

 特にラスト、ついにゴミの奪取に成功した三人が車内にゴミを撒き散らしながら哄笑し、「こいつが俺たちの手に入れた、たったひとつの、ほんとうの黄金なのだ」と夜明けの街を爆走する姿は、なにかこう、生きる希望です。

 そうとも、まがいもののイミテーションの世の中だって、そこで生きてるやつらが自分で勝ち取ったものは、すべてが本物の黄金さ。


 総じて云うと、とても都会な感じの素敵やんな短編集。

 冷静に読むと雰囲気や文体だけで書いているから若書き感丸出しだけど、いンだよ、こまけえこたぁ!

 個人的には大好きである。こういう短編集を、もっともっと書いて欲しかったなあ。

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