027 神変まだら蜘蛛

1981.11/桃源社

1985.01/角川文庫

<電子書籍> 無

【評】 うな



● まったく普通の時代伝奇


 江戸の河原に連続して殺された死体があがる。三人の被害者にはすべておなじ彫師の手による女郎蜘蛛の刺青があった。自らもまたおなじ女郎蜘蛛の刺青を背負う男装の女義賊・お波は事件の真相を調べ、やがてそれが切支丹の隠した財宝百万両へとつながっていることを知り、将軍家をも巻き込む陰謀へとかかわっていく――



 初期の作品ということもあってか、おどろくほど真面目に時代伝奇をやっている。

 出だしでいきなり殺人事件があり、そこから蜘蛛の刺青の謎が発生し、探っているうちにあるお家の仇討ち騒動に関わり、それが隠し財宝をめぐる陰謀劇へと広がっていく、という流れが自然につながっていく、大変エンターテイメント性に富んだストーリー。

 登場人物も主人公のお波は男装の女盗賊で、ヒロイン役を務めるのが女装した美少年である、というのが栗本薫的な倒錯がありつつ、ちゃんと男装・女装していることに理由があるため、後年のようなうんざり感はなく、気の利いた味付けにおさまっている。

 女主人公がハッタリと機転としぶとさで事件を追っていく姿は時代劇には珍しく好感がもてるし、拷問シーンやエロシーンを適宜に入れているところも年増女を主人公にした良さを活かしている。刺青を数枚集めて暗号を解くと地図になっているのがわかる、というアイデアも王道の面白さがあり、この地図の暗号がちゃんと解読されて終わっているところなどは晩年の伏線投げ捨てに慣れすぎたせいで驚いたくらいだ。

 終盤は政治の絡んだ謀略を覆し、その後にちゃんとチャンバラし、かつ謎解きをして、主要な人間関係も皆殺しにすることなくキッチリとケリをつけるなど、栗本薫としては出来すぎなくらい、ちゃんとした時代劇のストーリーになっているのだ。


 文章もまた、無駄がなく、展開は早く、過剰な物思いはなく、しかし物語の折々に女流ならではの適切なセンチメンタルが映えている。名文家の多い時代小説の世界では抜きん出ているとはいえないが、二十代でこれを書いているというのは驚嘆の一言だ。


 正直、はるか昔に読んだきり、内容を一切おぼえていなかったのだが、再読してみると、連続殺人を追う女義賊の捕物帳として良し、隠し財産の意外な行方を追う伝奇小説として良し、意外な人物が人間味を見せる人情物としても良し、というどの観点から見ても欠点らしいものの見当たらない、意外なほどに手堅い時代小説だった。

 が、減点法でいうと栗本薫とは思えないほどに減点要素の見当たらない本作であるが、逆に加点要素を探すと、これもまたあまり見つからない。敢えて云うなら男装の女主人公と女装男子のヒロインが特徴といえば特徴なのだが、当時はともかく今日の視点で見てしまうといまいち弱い。

 自分が時代小説をあまり好まないせいか、それなりに起伏に富んでいるはずのストーリーなのに読んでいていささか退屈でもあった。どうも人間関係なり心情なり光景なり文化風俗の描き方なりに、ひどい部分がない一方で「ほう、そうなのか」「初めて知った」と思えるような部分がまるでなかったからかもしれない。

 栗本薫自体がそういう作家ではあるのだが、どうも彼女の作品群の中でも時代小説は「有名な作品の模倣品」という印象が強く、わざわざ手に取るだけの理由が思いつかないのだ。たとえばこれがドラマとしてなんとなくテレビをつけたときに放映されていたら、最後までそれなりに楽しく観るだろうが、映画化したとしても劇場まで足を運ぶ気にはなれないだろう、という感じだ。

 ゆえに、無数の名作群をさしおいて、いまさらわざわざ本作を探して読む必要性はまったく感じない。


 栗本薫の作品の粗に対してぶつぶつとあげつらっている自分が云うのもなんだが、創作においては「欠点のない凡作」はときに「欠点だらけの駄作」よりも価値がない。無論「欠点のない名作」や「欠点はあるが良作」を目指すべきではあるのだが、娯楽品である以上、手に取る理由がない、存在感がないのが一番良くないのだろう。

 栗本薫の中でも時代小説作家としての印象がかなり薄いのは、あまり書かなかったというのもあるが、良くも悪くも他のジャンルを書くときよりも特徴がなく、そのジャンルのファンに存在を認知すらされていなかったからではなかろうか。ミステリ界隈でもSF界隈でもマニアに失笑され拒絶された彼女であるが、時代小説ファンが自然にとった「完全スルー」が、ある意味一番手痛い反応であったのかもしれない。

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