026 魔界水滸伝 1

81.11/カドカワノベルス

86.09/角川文庫

00.11/ハルキ・ホラー文庫

15.05/小学館P+D BOOKS


【評】うな∈(゚◎゚)∋


● トンデモ大河SFホラー伝奇開幕


 凡庸な大学生の伊吹涼は夜毎奇妙な夢を見ていた。そして大学で謎の美女に声をかけられ訪れた画廊で、涼はこの世ならざる者たちと遭遇する。それは長くつづく未曾有の戦いの始まりであった――妖怪連合VSクトゥルーの神々を描いた壮大なSF伝奇開幕。


『グイン・サーガ』とともに栗本薫をベストセラー作家に押し上げた二大長編シリーズの片翼『魔界水滸伝』の開幕である。

 永井豪オマージュに満ちた作品のイラストを永井豪が手がけるという、「こいつをヒットさせてやる」という編集側の気合を感じるシリーズだ。

 自分はこのシリーズが大好きである。おそらく栗本薫の大長編の中では一番好きだし、全創作物のシリーズ物の中でもトップクラスに好きな作品だ。

 しかし、この一巻はなんとも感想が云いづらい。

 というのも、自分はこの一巻を読むのは四度目(もしかしたら五度目かもしれない)なのだが、どうもいままでは「二巻目以降は面白いけど一巻目はいまいちだなあ」と思っていたのだ。

 全体的にもったいつけが激しいのにあまり事件は起こらず、そのせいでカタルシスを感じるシーンが存在せず、おまけに誰が主役なのかさっぱりわからないからだ。

 なにせ序章が四つもあるし、主人公の安西雄介は本が半分ほど過ぎてからの登場となる。しかも雄介は三十五歳のルポライターでチンピラまがいという、およそ主人公とは思えないキャラクターで、次の瞬間死んでいてもおかしくないように見える。かといって最初に主役かと思われた伊吹涼はガタガタ震えているだけで活躍もせず、敵を倒したり謎を解いたりするシーンが一切ない。せっかくのエロシーンも四十半ばの色狂いのマダムといやいやヤルだけでサービスというより嫌な気持ちになる代物だし、これでは二巻へ進むモチベーションがあがらないのではなかろうか? シリーズ物の開幕としてこれはいかがなものか? そう思っていた。


 しかし、今回再読して、妙に面白い。

 なぜだろうと考えて、ようやく気がついた。

「あ、これホラーとして書いているんだ」

 そう、ホラーだから思わせぶりなことをするけどなかなか事が起きず、ホラーだからいつ誰が死ぬかわからない雰囲気なのだ。

 しごく当たり前のことである。なにせ元ネタのクトゥルー神話はコズミック・ホラーなのだ。彼らの侵略を描く本作がホラーなのは当然のことだ。が、どうも自分はホラーに対する感受性がにぶく、特に化け物が出てくると怖さではなくキャッキャッウフフするタイプなので、今作もあまりホラーだと認識して読んだことはなかったのだ。

 しかしそうしてホラーとして読むと、凡庸な一般人が巻き込まれていく前半、事件の意味を知ろうと調査する中盤、関係者の屋敷に潜入し、エログロの怪異に出会う後半と、順を踏んでちゃんと作られているではないか。ことに中盤、日本史に沿って藤原氏の家系図を説明し、それが事件につながっていく様子などは事実をつなげていくうちに虚構の世界に自然とはいりこむ感じがしてぞくぞくとする。この細かさは栗本薫らしからぬほどだ。


 そしてまた、やはりキャラが立っている。元過激学生活動家で中国拳法の達人でルポライターで口がうまく女落としまくりの得体がしれない安西雄介(実は主人公)と、優秀な弟にコンプレックスを抱いている凡庸な伊吹涼もコンビとして面白い。登場しただけで活躍はまだしていないが、柔道部の主将を務める雄介の弟・竜二のうっそりとした存在感も良い。

 この巻の見所は藤原親子だろう。先祖の財産を潰して、男漁りをしている妻を止められない藤原隆道の惨めさと、雄介を誘惑する妻・雅子の薄気味悪さが、栗本薫のねっとりとした描写と相まってとても良い。が、やはり圧巻は今後も存在感を示し続ける娘の藤原華子だ。婚約者を母に寝取られて狂気に陥り、華族のような格好で街を出歩き華子の描写には力が入っっており、どこかずれた会話と相まってとても良いキャラに仕上がっている。こうしたなんかずれた人の鬱陶しさや不気味を書かせると、薫は非常に輝く。このシリーズを読んだ人のほとんどが忘れることのできない大変魅力的なキャラだ。

 栗本薫なので、美ショタの風太や正統派美少女の夏姫などの美形キャラも用意されているのだが、もう全然華子さんに負けている。普通に華子さんが一番可愛い。作者がおぞましくうんざりするように書けば書くほど華子さんが良くなっていく。いま、藤原華子が熱い!(いま?)

 

 そしてなんといっても、妖怪連合VSクトゥルーの神々という設定が最高すぎる。しかも一介のルポライターの視点で戦いを追いかけていくという展開は「こんなの面白くならないはずがないじゃん!」と叫びたくなるほどだ。このとんでもない設定を思いつき、挑む気になっただけでも凄い。

 しかしそれでも、多少、大きく構え過ぎた作品であると思う。「これから長い作品を読むぞ」という気合がないとなかなか手に取れない佇まいで、膨大な設定を用意したけどそのほとんどが開陳されることなく打ち切りエンドを迎える少年漫画のようだ。すでに『グイン・サーガ』でベストセラー作家となり、「栗本薫でうちもヒットシリーズを出す!」という角川の(というか角川春樹の)戦略もあってのこの堂々とした振る舞いなのだろうが、しかし当時まだ二十代の作家なのに空気読めないレベルで不遜である。


 なんか散漫な感想になってしまったが、いま読んでも大変魅力的な作品である。日本で初めてクトゥルー神話物でヒットを飛ばしたのは今作だと思うのだが、シリーズ後半の展開のせいか、いまいちSUN値の低い方々から話題にされないで悲しい。いあいあ云ってるみんな、もっとまかすこを布教していこうよ!ていうかもしかして2016年現在でも日本でもっとも売れたクトゥルーものって今作なのでは!?みんな日本のクトゥルー界隈におけるまかすこの重要性を知るべきなのだ!

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