025 グイン・サーガ8 クリスタルの陰謀

1981.10/ハヤカワ文庫

<電子書籍> 有

【評】うなぎ


● あの頃にはベック勇猛公がいた


 海賊たちとの戦いの中、グインは海へと落ちてしまう。一方クリスタルとアルゴスでは、それぞれパロを奪還するための作戦が、それぞれ動きはじめていた……。



 クリスタルの陰謀というタイトルだがそういう部分は三話目だけで、わりと安定のタイトル詐欺である。

 が、あとがきで6巻目のタイトル『アルゴスの黒太子』に対して「スカールの出番は少なかったのになぜこのタイトルか」読者からツッコミが入ったのに対して「カッコいいタイトルだから。60ページも出てるからいいじゃん」という開き直りを見せており、栗本薫のこういうところ好きだなあ、と改めて思うのでした。


 さて、それでクリスタルであんま陰謀していないならどういう内容の巻かというと、一話目は前巻の最後でグインが海に落ちてからの、海賊どもをまとめて航海を続けるイシュト・リンダ・レムス。

二話目は海賊から島に着いて海賊から逃げる三人と、追う海賊たちとの攻防。


 この辺りは、グインという「絶対なんとかしてくれるマン」がいない状況下での三者三様の反応が面白く、特にレムスが冷静に陰険な策をめぐらしたり、海賊にとりいったかと思えばあっさりと謀殺する算段をたてたりと、頼もしくも不気味な方向に覚醒の片鱗を見せるのが、このさきの物語への期待感を煽ってくる。

 ただの大器ではなく、どこか不気味で得体の知れない感じに描かれているのが特徴的だ。これは栗本薫が、白痴であった実の弟に対する恐れと畏れを反映しているがゆえの独特のキャラ付けだろう。

 栗本薫の弟への愛憎は近年になって電子書籍化された初期の私小説『弥勒』に詳しいが、タイトルの通り、弟がいつか目覚め、彼女の世界のすべてを変えてしまう、という恐れが、栗本薫の世界の根底にある。

 栗本薫が、眠り続ける大神マアナ=ユウド=スウシャイの背の上で暮らし、マアナが起きて自分たちの世界が壊れぬように苦慮をする『ペガーナの神々』を愛読し、その『ペガーナの神々』に影響を受けて作られたクトゥルー神話に傾倒したのは、いまの自分の世界は弟が目覚めるまでの泡沫の夢である、という認識が根深かっただめだろう。


 そうした恐れが、レムスの変化の描写を光とも闇ともつかぬ魅力的なものとしている。

 ……まあ、栗本薫が結婚して実家を出て以降、急速に弟に対する愛憎が激減して、レムスに関しては扱いが適当になるのがわかりきっている今となっては、虚しさを感じるばかりなのだが……。

 ともあれ、絶対的な存在であるグインがいない状況下の描写と、パパがいなくなったら夜遊びする娘よろしくイシュトと急接近するリンダなど、人間関係の変化がなかなか面白いくだりだ。


 三話目はタイトル通りにクリスタルで陰謀が進む話。

 初恋に浮かれて完全に馬鹿になってるアムネリスが痛可愛いし、完全に迷惑なストーカーになっているアストリアスも痛可愛い。

そのアストリアスをうまいこと騙くらかして捕らえるヴァレリウスが、ぼくの知っている中盤以降のヴァレリウスとまったく違う口の悪い男でちょっっと驚いた。

 まあ初期のヴァレリウスってちょいちょい出てくるけど扱いは完全にモブだったしね……。ぼくがヴァレリウスを完全に認識したのリギアとのデートの時だしね……仕方ないね……。

 モブと云えばフロリーもアムネリスの侍女としてこの時期から登場しているが、これはもう正真正銘のモブで、百巻以上あとであれだけ出番があるなんて誰も思わないよねこれ……。

 特に理由もなく味方にも内緒をつくるナリスが昔は魅力的に見えていたが、おっさんになったためか、それともナリスの晩年がアレだったためか、面倒くさいクソ野郎にしか見えなくなっていたのは、ちょっと切ないですね……。


 四話目はアルゴスからパロ奪還のために進軍を開始し、カウロス軍と戦うベック勇猛公と、そこに援軍に来るスカールのくだり。

正直、このくだりに関してはほぼ存在を忘れており、草原の民の戦い方や、中間地点にある交易国家リャガの筋の通った掌グルングルンっぷりなど、新鮮に楽しく読めた。

 読んだのがずいぶん昔なのもあるが、多分初読時はメインキャラの動向が気になってこの辺りはわりと流し読みしていたのではないかと思われる。一日に何冊もまとめて読んだりもしてたしね……。

 ていうか、王弟の息子=リンダレムスナリスの従兄弟で、ナリスに次ぐ権力を持つパロの重鎮中の重鎮であるにもかかわらず、ナリスにわりと馬鹿にされてて、ファーンという名前があるのになぜか領地名でしか誰にも呼ばれず、名前はよく挙がるのに出番は少なく適当に退場してしまったベック公、黒龍戦役のときはわりとちゃんと活躍してたんだね……すっかり忘れていたよ……。



 全体的には今後の布石となる溜めの巻だったが、あんまり覚えていなかったベック公のくだりが存外に面白く、得をした気分になった。

 が、この巻だけで考えると、そんなに盛り上がる巻ではないかなあ……。いやでもどうだろう……いまのぼくはたいていの伏線が無意味だったり明かされることがないままに終わってしまうことを知っているからね……冷静に判断できてない気がするな……。

普通に読んでいたら、ここまでしでかしそうな描写の続くレムスがただのヘタレになったり、ヴァレにさらわれたアストリアスが百巻くらい放置されたりするとか、思わないから、ドキドキするだろうしな……。


 あと全体的に、栗本薫だということを考慮しても、文章が雑なシーンが多い巻だった気がする。似た言葉が同じページに何回も出てきたり、「ほっそりと」「すらりとした」という描写が笑えるくらいに頻出したりと、ちょっとハヤカワさんもうちょっと仕事してくださいよ感がある。

 いやまあ、文章が雑といっても、初期にしてはというだけで、後年から見るとおどろくほどまともですけどね……。

 しかし『わが心のフラッシュマン』で自分で云ってたけど、ほんとうに「ほっそりと」多すぎて、この時期は太っていなかっただろうにコンプレックスの根が深すぎておそろしいですわ……。

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