022 グイン・サーガ7 望郷の聖双生児

1981.07/ハヤカワ文庫

<電子書籍> 有

【評】 うなぎ


● 広がる世界を巧みに描く技術に嫉妬


 アルゴスではスカールがパロ救出の同盟のために動きだし、クリスタルではナリスがアムネリス籠絡のための罠を張り巡らすころ、グイン率いる一行は、ついにノスフェラスを抜け船路により中原を目指す。それは困難に満ちた帰郷のはじまりであった――



 第一章はスカールと腹心の部下との会話によって、パロを取り巻く周辺国の微妙な力関係が語られる。パロと相互不可侵状態であった北の大国ケイロニアや、決して一枚岩ではなくむしろ油断ならぬ敵同士であるゴーラ三国が語られ、い聖なるパロと悪辣なモンゴールという構図ではないということがいよいよ明確になっていく。

 こうした説明を会話でさりげなく行いながら、スカールがただの猛将ではなく知も備えていることと、自由にして果断な性分であることをスムーズに理解させるのが上手い。草原の民グル族が文明人の倫理観や政治にとらわれていないという図式と、中原の文化を理解しながら草原の民を愛する、狭間の存在であるスカールの魅力が十分に出ている。どちらかというとこの巻の方が『アルゴスの黒太子』というサブタイトルにふさわしい。


 二章は「べ、べつにあんたのことなんか好きじゃないんだからね!」状態のアムネリスがナリスに堕とされるくだり。さりげない世間話しながら二人っきりになり、古代機械見せてサプライズしたところでうしろからドーン!して閉じ込めて「さあ助けてと云うんだ!」「くっ、殺せ!」「云うんだ!」「たすけてえ」「よーし、よく云った。ご褒美だ(ぶちゅー)」「悔しい……こんなやつなんかに……でも感じちゃう……」という、七十年代の少女漫画なのか00年代のエロ漫画なのかわからない安易な恋愛描写が魅力。いや、ドリフ的な感じでけっこう楽しいんですよ、ホント。

 ロマコメしながらも古代機会が松本零士の漫画に出てきそうなそのお姿を読者の前に初披露し、恋愛展開に興味のない人にも飽きさせない趣向である。


 三章はグイン一行がセムやラゴンと別れて川をくだっていくくだり。

 三章は多少のんびりとした旅行記風で、はじめはあれだけ怪異に満ちた恐怖の土地であったノスフェラスが、登場人物はもちろん読者にとっても惜別の地になっているのが大長編の妙。しんみりする一行の中で、人里に近づいた瞬間に元気いっぱいになって長台詞を吐きまくり調子に乗るイシュトヴァーンが微笑ましい。

 その中で、魔導士カル=モルの死霊に憑かれ、成長を見せはじめるレムスの描写が光る。大器の片鱗をうかがわせるとともに、どこか危なっかしい感じが絶妙である。


 四章は港町にたどりついた一行がモンゴールの追っ手から逃げるように乗った船が海賊船で大ピンチの巻。

 三章から引き続き、イシュトヴァーンが大活躍。黒い部分や野心もしっかりと見せ、今後のメインキャラ達の変遷を思わせる。

 そして唐突に登場していなくなるランドックの船。そうか、ここで登場だったか。しかしこの船なんなんだろうか……はるか後の『ヒプノスの回廊』でランドックがなんなのか明かされたいまとなっては、より意味がわからないんだぜ……。


 全体的に、この巻はつなぎの巻というか、グイン・サーガの世界をじっくりと広げる巻と見受けられる。ストーリー自体にはさして盛り上がるところではないのだが(いやちゃんとピンチになったりしてるけど)、様々な国や街や力関係がいよいよ本腰を入れて語られはじめ、情景描写も赤い街道や川や港町の様子がじっくりと描かれ、「ここではないどこかにある世界なのだ」という説得力を生んでいる。旅の描写に関しては晩年のグインや『夢幻戦記』ですらなかなか面白く書けた栗本薫なので、筆の乗っているこの時期ならなおさらだ。

 しかもただ詳細に描くのではなく、文明の中心であるパロ、中央の争いから少し離れたアルゴス、文明社会の外縁から中央へ向けての旅、と象徴的な三つの場所の視点を行ったり来たりさせることで、重層的にこの世界の文化を感じさせ、破綻なく一つの世界と読者に思わせているところが凄い。


 個人的に最高だったのはイシュトヴァーンが船乗りたちに「ダゴンの耳より真っ赤な貧乏」とこの世界の船乗り独特の言い回しで告げるところ。読者にとって異国を感じられるユニークな言い回しで面白いのと同時に、船乗りの言葉を使うことによって初対面の相手に仲間意識をもたせるという、イシュトの世慣れた会話術ともなっているのが巧妙すぎる。初期のグイン・サーガはこういう小技の使い方が本当に上手いんだよなあ。


 そんなわけで、いたって普通に面白く続きが気になる巻でした。

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