016 時の石

81.03/角川書店

83.03/角川文庫


【評】うな


● やっぱり普通のSF短編集

『時の石』『黴』『BURN(紫の炎)』の三篇を収録した短編集。


『時の石』

 ある日、偶然に手に入れた妙な石。主人公が淡い恋心を抱く先生はそれを手にし、奇妙な死に方をしてしまう。はたしてこの謎の石とは……

 大人ならだれにでもある「あの日に帰りたい」「この時間がずっと続けばいいのに」という思いと、いまだそれをもたざる思春期の少年を描いた、模範的なリリカルSF。追憶という名の退廃の甘やかな魅力を語りながら、来るべき未来に希望を託す若さに満ちているのが好ましい。

 小松左京の叙情的短編のテイストを見事に受け継ぎながら、左京とはちがう女性的な繊細さと若さゆえの甘さと苦さが特徴的だ。栗本薫のSF短編の中では読者の記憶に残っている作品のようで、良かった作品として名をあげられることが比較的多いように思う。題材と舞台的に『時をかける少女』とおなじような青春の甘酸っぱさがあり、それが当時の読者の青春とリンクしているからだろうか。あるいは単にデビューして間もなくの最初期の作品だからだろうか。

 良い話ではあるのだが、多少の冗長さが気にかかる。長さの原因はなぜか絶妙にホモ臭さののこる友人との会話シーンのせいだと見たが、どうか?


『黴』

 黴が次から次へと繁殖し、やがて人間にも黴が生えてきて……というSFホラー。

 黴が繁殖していくさまは素直に気持ちわるくおそろしいが、それが地球という観点でみたときに自然な生物の営為になるという視野の転換が模範的なSF。それでいて滅びに対してなおあがく姿を好意的に描いているのがまた、若者らしくて良い。


『BURN(紫の炎)』

 ある朝目覚めて見ると、世界が滅んでいた……主人公は日に日に異世界へと変貌を遂げる世界を生き抜いてく――

 反文明論というか反現代論というか、文明の滅びさった世界のおぞましさを描くようでいて、そのじつシンプルな論理の生きる世界の美しさを描いていくという、大変わかりやすい話。

 こういう話の場合、主人公への感情移入のしやすさとか、崩壊後の世界のディティールの細かさや新しさが作品のクオリティになると思うのだが、感情移入させるのはうまくディティールはいいかげんで新しさはないというのが栗本薫なので、この作品の仕上がりもいつも通り。こういうテーマこそ長編でやるべきだと思うのだが……世界観を練らないことに定評のある栗本せんせーには無理な相談であろうか?

 決して悪い作品ではないのだが、同じような文明崩壊後の世界でのサバイバルを描いた作品に、楳図かずおの漫画『漂流教室』という名作があるので、そちらを読めばいいのではないかという気持ちは否定できない。

 三篇ともそれなりに面白く読みやすいのだが、きわだった個性を感じるようなものではなく、特筆するような作品はない。しかしテーマと時期が良かったのか『時の石』を好きな作品に挙げる人は多い。おっさんはいつだってあの日に帰りたがっているんだね……。

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