015 グイン・サーガ外伝1 七人の魔道師

81.01/ハヤカワ文庫


●三十年に渡り読者に騙しつづけた罪づくりな傑作ファンタジー


 豹頭の戦士グインは幾多の冒険を経て大国ケイロニアの王となっていた。

 ある夜、奇妙な気配を察しサイロンの都を探索するグイン。それはサイロンを襲う未曾有の災厄のはじまりであった……!


 罪づくりな作品である。

 刊行順に追っていけば分かる通り、本書が刊行されたのは正伝5巻が発売後という初期。初出にいたっては『SFマガジン1979年10月臨時増刊号』である。正伝第一巻『豹頭の仮面』の初出が『SFマガジン79年5月号』で単行本化が79年9月であることを考えると、一巻の直後にこの『七人の魔道師』がきちゃったわけだ。

 こんなもんをリアルタイムで味わわされたら、そりゃあもうたまるまい。


 グイン・サーガは云うまでも全百巻構想を掲げたことで有名だった。その壮大さにしびれたものがついつい手を出してしまうのだ。

 とは云え、まだ数巻しか出ていない段階でそんなことを云われても信じられるわけがない。ましてやデビューしたてのド新人だ。口だけ番長だと普通ならだれもが思うだろう。

 そこで、いきなりこの『七人の魔道師』だ。本編では辺境にあらわれた謎のケモマッチョでしかないグインが、なんと大国の王様となっている。しかも作中ではグインがくぐり抜けてきた修羅場がちらちらと仄めかされている。

 そう、これで信じてしまったのだ。「ああ、本当に百巻にも及ぶ壮大な物語が用意されているのだ」と。あの辺境の戦いが、いつかこの時間軸にたどり着くのだと。そしてこの後にも長い物語が待っているのだと。「その瞬間を見たい」と思うなというのは、無理というものだ。

 これこそが、正伝一巻でかけられた呪い「トーラスのオロの死に様を父ゴダロに伝える」と並ぶ、グイン・サーガを読み続けなくてはならなくなる二大呪いなのである。

 えげつねえ……えげつねえよ栗本せんせえ……!


 しかし呪いをかけるには仕組みだけではなく、中身が伴ってこそ。

 本作は単純に栗本薫が『蛮人王コナン』や『火星のプリンセス』を読んで「我も」と夢想した結実とも云える、ファンタジーの怪しい魅力が詰めこまれた傑作であるのだ。

 物語の構造としてはタイトルの通り、夜の都を彷徨うグインが、次々と魔道師たちと彼らの巻き起こす怪異に襲われ、争いに巻き込まれていく、というシンプルなものだ。

 だが魔道師たちの怪しいイメージの豊穣さときたら!


《ドールに追われる男》白魔道師イェライシャ。

ラン=テゴスを崇める異教徒黒き魔女タミヤ。

《闇の司祭の弟子》石の目のルールバ。

《ドールの最高祭司》矮人エイラハ。

《大導士アグリッパの合成生物》ひづめあるイグ=ソッグ。

《カラクダイの隠者》長舌のババヤガ。

 そして東方の魔国キタイの支配者竜王ヤンダル=ゾッグ!

 肩書も二つ名も名前も、なんと怪しく魅力的なことだろうか。

 こんな魅力的なキャラクター達が次から次へとあらわれ、あろうことかグインを求めて相争ってしまうのだ。ハーレムか! 化け物ハーレムか!

 いまはまだ辺境をさまよう得体のしれぬグインが、一人ひとりが大国を脅かすような化け物たちが争う世界の中心に、やがてたどり着く。そこに亡国の双生児たちはどう絡んでくるのか。一体、この物語世界はどこまで広がっていこうというのか。この先にもこんな不思議で途方もない物語がいくつも待ち受けているのか。

 海外の有名なファンタジー作品にも劣らぬ重厚で濃密な本作こそが、読者の想像の中でグイン・サーガ世界を何倍にも光り輝かせたのだ。


 しかし、結果を知るいまとなっては、いささか虚しさが残る。

 ご存知の通り、後の本編や外伝ももちろん面白いのだが、ダークなヒロイックファンタジーとしてのグイン・サーガは今作が突出していただけ、という結果に終わる。人知を超えたモンスターたちが身勝手に争い合う不条理で魅力的な世界は失われ、人と人との思惑が絡みあう戦記物の方向へとグイン・サーガは進み、ヤンダル=ゾックらも本編に出る頃には妙に人がましくなってしまっていたのだ。

 また初読持はぼくも「この時代に本編が追いつくのは五十巻目ぐらいかな? 七十巻目くらいまでかかっちゃう? でもこの先も長そうだし、七十巻だと最後の百巻までちょっとしかないな……」などとウブなことを考えていたが、これもまたご存知の通り、グインサーガは百巻を超えて平然と進み、それでもこの作品の時代には追いつかず、結局それっぽい記述が出たのは125巻、はっきりとその後を描いたのは作者が別人に引き継がれた後の133巻までかかることになる。

 まるで思わせぶりな態度を取り続けながら決してやらせてくれることのない女のようである。こういう女に引っかかったら人生は終わりですからね! 三十年無駄にしてからじゃ遅いんですよ! 本当にもう、遅いんですよ……。なにもかも手遅れなんだ……ちくしょう……。


 そんなわけで、傑作、ではあるが今となっては薦められる作品かどうかまったくわからない、なんともいえない外伝である。国産ファンタジーがほぼない時代に、いきなりこれを突きつけた意義は大きいとは思うのだがなあ。この後、長いこと本編のあとがきで、がんばって『七人の魔道師』との辻褄を合わせようとしているのは、なかなか微笑ましいんだけどなあ。結局、合わせきれてなかったけど、まあそれを求めるのは酷というもので……。 ぶつぶつ……。

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