009 グイン・サーガ4 ラゴンの虜囚

1980.06/ハヤカワ文庫

<電子書籍> 有

【評】 うなぎ



● 人の時代と神話の時代の交錯


 モンゴール軍との決戦が続くなか、伝説の巨人族ラゴンの助力を求めるため、グインは単身ノスフェラスの荒野へと旅立つ。一方、グインより策を授けられたイシュトヴァーンはモンゴール軍へと潜入する――


 漫画でも小説でも長編シリーズではよくあることなのだが、次の巻を読みはじめるとき、前巻までの展開を忘れていてなかなか物語に入り込めないということがよく起こる。結局、前の巻に戻って読むことになったりもし、それはそれで二度楽しめてお得な気もするが、それが面倒で買ったはいいものの読むのが後回しになり、結局それが積み重なっていつしか買わなくっていく、ということがよくある。

 グイン・サーガは、というか栗本薫の作品は、この現象がほとんど起こらない。何ヶ月あいだを空けていようと、すっと物語世界に入っていける。巻のはじめの十数ページが、さりげなく前巻のおさらいになっているからだ。これがただのあらすじならばよくあることだが、登場人物たちの会話で自然にそれを行いつつ、あいだにいくつもの新事実を入れることによって、ちゃんと覚えている人間でも退屈することがなく読めるようになっているのだ。

 おそらくだが、これは読者のためにやっているというよりは、作者自身がこれまでを思い出しながら書いていって調子をあげていく書き方のため、自然にそうなっているのだろう。結果として、続きの巻を取る手が稀有なほどに軽い。後半からストーリー展開や文章に対する批判が相次ぎながら、それでもついつい手を止めることのできない読者が大量にあらわれたのは、この巻頭でのおさらいの上手さによるものだろう。この部分に関しては栗本薫より上手い作家を見たことがないといってもいいレベルであり、天才的と呼んでもいいほどである。

 ――もっとも、後年の作品ではそのおさらいがどんどん伸びていき、下手すると100ページくらいずっとおさらいが続いたりすることになるのだが。前回までのあらすじが終わると同時に中間CMになる全盛期の『ドラゴンボールZ』かよ。


 さておき、この巻ではモンゴール軍議によって前巻のおさらいをしつつ、グインの正体を推察するとして、まだ作中にでてきていない各地の英雄の名前が出てくる。後に本編で活躍するキャラではナリス、ベック公、アンダヌス、スカール、オー・ラン、ガンダル、出番のないキャラではヴァイキング王シグルドや英雄王バルドルなどの北欧神話由来の人物名もちらほら。おさらいと設定チラ見せを兼ねたこの上手さ。まったくのオリジナルと既存の神話からのいただきが絶妙に混ざっているのも上手い。ガンダルなんて登場するの百巻以上あとだもんなあ。完全に忘れてたし(どうでもいいけどガンダルと打つと気を利かせてガンガルに変換しゆようとするのやめてくれませんかグーグル日本語入力さん……)。あとベックというのは領地名なのに親族にも名前で呼んでもらえないことで有名なベック公ファーンさんはこの時点でもベック公なのね……というか誰も呼ばないならなぜファーンという名前をつけたのか……。


 この巻の醍醐味は、人の世界と神話的世界の双方を描いていることだろう。

 中盤、ノスフェラスの荒野を彷徨うグインを描いたくだりは、限りなく神話的だ。夢とも現実ともつかぬ領域に迷い込んで、奇妙な託宣や自らの刻まれたコインに遭遇するくだりは、時の流れや距離が曖昧となる感じを読み手も味わうことができる。続く狼の群れとの戦いや、その果てに狼王と出会い、岩塩の原まで歩いていくくだりは、会話が極端に少なく、擬音なども控えられているため、荒事のシーンでありながら奇妙な静謐さを讃え、神話のごとき相を呈す。このくだりは栗本薫が愛好した英雄王コナンや、その原点であろう英雄ヘラクレスの冒険譚をも思わせる。

 これのみならばただのコナンの二番煎じとも云えるが、それを挟み込むようにしてイシュトヴァーンの敵軍潜入・策謀・裏切りという、実に人間的な争いのくだりが入り、モンゴール軍の伝令や怒号が飛び交い炎に包まれるマルス伯の怨嗟の騒がしさが、グインの突き進む荒野の静謐と見事な対比となっており、神話の時代と人の時代、その双方が混ざり合う瞬間を見事に描き出している。

 人の時代と神話の時代、そのどちらの時代の物語をも愛した作者の特性が見事にあらわれた巻であるというより他にない。

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