007 グイン・サーガ3 ノスフェラスの戦い
1980.03/ハヤカワ文庫
<電子書籍> 有
【評】 うなぎ(゚◎゚)
● 壮大な歴史のチラ見せはずるい
モンゴール軍から逃れるグインの一行の前に立ちふさがったのは、谷を埋める食肉生物イドの群れだった。機転によって谷を抜けたグインは、ラク族の村にたどりつきセムの五大部族の力を合わせてモンゴールと戦うことを提案する。グインは告げる「武器はノスフェラスだ」――
この巻の目玉はなんといっても冒頭の「混沌の時代」だろう。
後世に伝わった史書のような体で書かれるこの数ページのくだりは、歴史に名を残した様々な人物の名を挙げ、その最後に「ゴーラの僭王イシュトヴァーン」「パロ王朝中興の祖となる聖王レムス」「ケイロニアを見すてた豹頭王グイン」と書くことによって、この辺境の冒険を描いた物語が、やがて壮大な三国戦紀となることを予感させてくれる。
この文章を入れるのに三巻目の冒頭を選んだというのが、えげつないくらいに上手い。一巻の冒頭であったなら、設定だけは壮大なよくある打ち切り作品のように映っただろう。だが一巻目で辺境の城を舞台にした冒険を手堅くまとめあげて信頼を得、二巻目でノスフェラスの怪異を豊穣なイマジネーションで描くと同時に敵国モンゴールを描いて世界の広がりを感じさせ、読者が作者の力量に信頼を置き始めた時期にこの「混沌の時代」である。こんなの壮大な設定や物語構成が緻密に組み上げられていると勘違いしても仕方ないではないか。神話の時代と人の時代の境目、区切りとなる人物としてグインを書いているのも良い。
大帝アキレウスや《売国妃》シルウィアもこの時点ですでに書かれているし、実際それなりに考えてはいたのだろう。ヴァラキアの大ラドゥと小ラドゥは『宝島』に出てくる海賊王ラドゥ・グレイ当人かその子孫か。再読するとかなり後々の巻に登場する人物や国が初期から提示されていたことに気づいて面白い。でもモンゴールの梟雄ヴラディスラフさんは何者なんですかね……モンゴールってヴラド大公が一代で築いたはずですよね……? やっぱり深くは考えていなかったこともわかって趣深い。
ともあれそうして大風呂敷を広げてからはじまる本編の内容も、二巻に引き続き面白い。
イドで埋まった谷を抜ける機転も良いし、ピンチを抜けた後のセムの村でのくつろぎも良い。特にイシュトヴァーンのひょうきん者としての才覚が存分に発揮されている。焼き砂ヒルを食べさせられるところとか、双児のリアクションも含めて大好き。
敵国であるモンゴールの方も、カル・モルの登場により事態がただの二国間の戦争から、謎めいた瘴気の谷をめぐるものへと話が広がるのがまた上手い。栗本薫は一つの事件が収束していないタイミングで新たな展開や謎をぶっこんで風呂敷を広げるのが実に巧みだ。混乱しそうな手口だがそうはならず、ワクワクする気持ちだけが上増しされる。
しかしなんといってもやはり後半のモンゴール軍との戦いが面白い。なにせこれまでじっくり描いてきたノスフェラスという辺境・異境の恐ろしさおぞましさを味方につけて戦うのだ。ワクワクしないわけがない。モンゴール軍の描写もくっ殺将軍のアムネリスを中心とした、老将マルス伯や若きアストリアスなどとの人間関係も十分に描きつつ物語の進行を邪魔はせず、この辺りのバランス感覚が素晴らしい。あくまで敵役としての分を守りながら人間として描いている。
ところでこれまで触れてこなかったけど、初期のあとがきはまだ男性のような素振りで説明的に書いているのも、いまた読むと微笑ましい。二巻目はほとんど一巻のあらすじだったが、三巻目のあとがきは怪物などの設定説明。後にハンドブック等で詳しく書かれるが、こういう本編を補足するような解説も緻密な設定を窺わせて楽しい。冒頭の「混沌の時代」といいあとがきでの設定解説といい、いよいよ未曾有の大長編として本気で読者を捕まえにきた感がある。先にも書いたが一巻目からこれだと読者としても身構えてしまうが、ハマりかけてる時期にこう仕掛けてくるのが実に上手い。後に週刊少年ジャンプでもヒット作のだいたいは十話を超えた辺りから本格的に設定や展開を広げる方針が定着するが、グイン・サーガでは完璧にそれをこなしている。意図的なのだとしたら凄いし、無意識にやっているとしたらそれはそれで凄い。でも後の『新・魔界水滸伝』や『夢幻戦記』とかは冒頭で設定盛りすぎて読者が面倒くさくなる典型的な打ち切り漫画のソレだったから、多分無意識だったんだろうな……。あるいは、まだ駆け出しでどれだけ続けさせてもらえるかわからない状態だったからこそか。やはり創作にはある程度の制限が必要なのだな……。
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