006 グイン・サーガ2 荒野の戦士 

1979.10/ハヤカワ文庫

<電子書籍> 有

【評】 うなぎ(゚◎゚)


● 大口!エンゼルヘアー!イド!


 炎に包まれるスタフォロス城から怪異の巣食うケス河へと飛び降りたグインたちは、一足先に城から逃げ出していた傭兵イシュトヴァーンに救われ、ケス河をくだりはじめる。だがパロの世継ぎの聖双生児を追い、モンゴールの公女将軍アムネリス率いる一万五千の軍勢が辺境へと迫っていた――



 うう……面白い……なんか説明しにくいくらいに面白い……なんなのだろうこの面白さは……。

 無論、ピースごとに面白さを語ることはできる。

 前巻では顔見せにとどまっていたイシュトヴァーンがいよいよ本格的に活躍し、その饒舌やずる賢さ、善人なのか悪人なのかわからない気まぐれな魅力を存分に発揮しているのがやはり一番大きいだろう。独り言もリンダとの口喧嘩もグインへの減らず口もすべて魅力的だ。一騎打ちで負けそうになると即座に助けを求める現金なところなど最高である。

 また、敵方としてあらわれた男装の公女将軍アムネリスも、その美しさ、凛々しさ、苛烈さ、そしてすでにどことなく漂う負け犬感と、大変に魅力的なキャラクターとなっている。1979年度の「くっ殺せ」と云わせたい女ランキングぶっちぎりの一位獲得である。

 リンダも姫としての気高さと少女としての跳ねっ返り具合が可愛らしく、またアムネリスとの対比がお互いの魅力をいや増している。グインも一巻にも増して頼もしい。

 こうして双方に魅力的なキャラを配したうえで追うもの、追われるものを交互に移して展開していくのだから、面白くないわけがない。


 さらにケス河とノスフェラスの怪物たちの魅力が抜群だ。

 肉体のほとんどが口という大口、生き物なのかどうから定かではない漂う物体エンゼルヘアー、すべてを呑み込む巨大なゼリー状物体イド――何十年経っても忘れられない鮮烈なイメージを叩きつけるこれらの独特なクリーチャーたちが、一巻にも増して冴え渡る筆で活写されている。栗本薫の描く怪物をありきたりだとか「またゼリーかよ」とか「また蛙かよ」と文句をいうことの多い自分ではあるが、このノスフェラスの豊穣なイマジネーションには舌を巻くしかない。

 しかもこれらの怪物が、そのおそろしさを存分に描きながら決して醜悪な印象を残さず、むしろどこか美しさすら感じられる筆致が素晴らしい。


 怪物と軍勢に追われながら、ピンチと安堵を繰り返す展開もベタだがそれだけに休むことなく読者を引きつけ、ページをめくる手を止めさせない。ストーリーを追う邪魔にならない程度に、大陸各地の王国の名前や世界三大魔道師の名前が出てきて広がる世界に対する期待感も煽る。キャラ配置といい、怪物たちの奇想といい、展開といい、王道の冒険物語として見事な形で完成しており、こんなの面白いに決まっているのだ。


 が、表面的な形を見ると普通に作られているから普通に面白い程度のはずで、展開にしろキャラにしろ、ものすごい独特なものや斬新なものがあるわけでもなく、そこまで飛び抜けた作品というわけではないはずなのだ。当時はともあれ、少なくとも現代ではそこまで珍しい、特異なファンタジーというわけでもないだろう。設定だって一話のはじめでは一ザンが小さい砂時計の砂が一回落ちる程度の時間のはずだったのに、途中から一刻に相当するものに変わっていたりと、二巻目にしてガバガバ感が出てしまっている。 

 なのに、なんでいま読み直しても、こんなにも面白く感じてしまうのか。チラ見せされている設定や展開のほとんどがガッカリに終わることはわかっているのに、なぜ胸が高鳴ってしまうのか。なぜ丁寧に作られたアニメや漫画よりも、冗長さすらある原作のほうが何倍も引きつけられてしまうのか。ここまで後年に失望してなお魅力的に映るとなると、ただの懐古では済ませられないものがある。


 後年の栗本作品に対して理屈でもってあれがダメこれがダメと執拗に云っている自分だが、結局のところ、つまらなさには理屈がつけられるが、面白さには理由なんてつけられないのかもしれない。

 栗本薫はエッセイで自分の愛したものを語るとき、それが漫画にせよ小説にせよ食べ物にせよ美少年にせよ、単語や固有名詞を羅列する癖があり、自分はあれがこよなく好きなのだが、結局のところ、グイン・サーガの魅力もそうした、ワクワクする単語の羅列でしか語れないものなのだろうか。

 大口!エンゼルヘアー!イド!

 この巻の魅力を語るには、これ以上の言葉は無粋なのかもしれない。

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