【Episode:08】 過去が結ぶ真相

記憶の糸

 翌日の正午前、藍は、事件の報を聞き、急遽予定をキャンセルして海外出張から戻って来た母親に、涙ながらにその無事を喜ばれながら、その母親に連れられて退院することになった。

 だが藍は、自分が助かったからといって、手放しに喜ぶわけにもいかなかった。

 藍が記憶違いをしていたためか、監禁されていた建物の場所を突き止めることはできず、まだ無事でいるかもしれない莉佳も、以前消息不明のままだ。

 藍はそんな莉佳の安否を気づかいながら、なにもする気になれず、自室でただぼうっとテレビを眺めていた。

 そうしていると、テレビドラマの再放送が終わり、夕方の報道番組が始まった。報道番組では、今夜半にかけて、大型の台風がこの地方を襲うだろうと告げられていた。窓外の空は、どんよりとした暗灰色の雲で埋め尽くされており、庭に立つ樫の木が、次第に強まっていく風に煽られて枝葉を揺らされている。

 藍は、勢力を維持したまま徐々に接近しているというその台風の報道を聞きながら、ふとあることに思い当たった。

 あの惨劇の夜以来、ずっと心の片隅に引っかかっていた事柄がある。

 その時に聞いたあの覆面の男の声は、変声機を通された奇矯な甲高いだったが、そうなる前――藍を自宅から拉致する際に、主の危機に吠え立てたラグナに対して口汚く怒鳴りつけた時の声は、変調されていない地の声だった。

 その声には聞き覚えがあった。それが誰の声なのか今まで思い出せずにいたが、台風の報道を聞いて、ようやく思い出すことができた。

 十年前の、美登里がいなくなったあの日。

 あの日の夜も、この地方は大型の台風に襲われ、そのため美登里の捜索が難航する中、空も自宅からいなくなった。美登里のことを心配するあまり、暴風雨が吹き荒れる中、いてもたってもいられなくなったのか、家族の制止を無視して、自宅を飛び出して行ったのだそうだ。

 そのことは、藍に電話で連絡をとってきた空の兄から聞いた。弟がそっちに行っていないかと聞かれた覚えがあるが、その時に聞いた声と、あの覆面の男がラグナに向けた時の声とが、とても似通っていたのだ。

 十年以上も前に一度だけ耳にした声であり、電話で聞いた不安げな声と怒鳴り声とではまるで声色が違ってはいたが、あの特徴的な嗄れ声は、それが同一人物の声である可能性を示唆していた。

 仮にその空の兄があの覆面の男の正体だとしたら、美登里と全くの無関係というわけでもなくなる。

 藍は思い立つと、すぐに携帯で、事件を担当している刑事へと連絡をとった。


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