【Episode:05】 告白

胸に秘めた過去

「もう嫌……」

 色を濃くした絶望が覆う中、莉佳が沈痛に目を伏せながら、ぽつりと呟いた。

「こんな怖い思いをさせられながら、ただ殺されるのを待つくらいなら……私、ほんとのこと話す」

「莉佳!」

 雅史が、顔を険しくしながら、怒鳴りつけるようにその名を叫んだ。

 藍は、雅史が莉佳を叱るのを見るのはこれが初めてだった。雅史は従兄として、幼い頃から莉佳の面倒をよく見ていたが、彼女が不始末をするなどしても、優しく諭すことはしても、こうして感情を顕わに叱りつけるようなことは決してなかった。

 だが、そんな風に咎められはしたものの、莉佳は、少しばかりの躊躇いを見せただけで、

「……ごめん、雅史お兄ちゃん……」

 謝ってから、裡に秘めていた事実を語り始めた。


          *


 あの日――〈レインボウズ〉が、莉佳の送迎会を秘密基地で開いていた時、藍が宝を探しに出て行った後、そこを離れた雅史と美登里は、立ち入りが禁止されていたフェンスが一部破れているところを潜り、その先の崖の傍で落ち合った。美登里は一度拒みはしたが、雅史がどうしても、誰にも話が聞かれる心配のない場所で二人きりになりたいと頼みこんだため、仕方なくそうすることにしたのだった。

 そこで雅史は美登里に、「俺と付き合って欲しい」と告白した。

 だが、美登里はそれを、「ごめん」と断った。

 自信家でもあった雅史は、まさか断られるとは思ってもおらず、恥ずかしさに顔を赤らめながら、やり場のない怒りをぶつけるように、「なんだよ、お高くとまりやがって!」と美登里の肩を突き飛ばして、その場を逃げるように走り去った。

 突き倒された美登里は、ゆっくりと立ち上がり、衣服にこびりついた地面の土を払い落としている際、その後秘密基地の周りに植える予定になっていた、花の種を収めた丸いカプセルがシャツのポケットに収められていないことに気がつき、戸惑いながら周囲に目を配ったが、どこにも落ちている様子はなかった。

 そして、もしや――と恐る恐る崖の縁に立ってその下を覗いてみると、その縁に近いところの斜面に突き出た岩肌に、そのカプセルが引っかかっていた。

 それを知った美登里は、崖の縁に這いつくばって、それを拾おうと手を伸ばした。危険な行為ではあるが、皆の永遠の絆の象徴になるはずの花の種――それをどうしてもその手に戻したかったのだろう。

 その時だった。

 その部分の地面が、先日の大雨で脆くなっていたのか、美登里の重さに耐えきれずに崩れ落ち、美登里も一緒に崖下へと落ちてしまったのだ。

 二人の後をこっそりつけていた莉佳は、近くに繁る大木の幹に身を隠しながら、その一部始終を見ていたらしい。

 その後莉佳は、長らく時間をかけて逡巡したものの、やはり黙っているわけにはいかないと、雅史にそうしていたことを打ち明けることにした。だがそうしたところ雅史から、「これは二人だけの秘密だ、絶対に誰にも話すなよ」と釘を刺すように何度も強く言われ、両親や警察にも黙っていることにしたらしい。

 そのため、これまで自分の胸の内だけに秘め、毎年その命日となった日にこっそりとその場所へ赴き、花を添えて、天国にいった美登里に、傍観するしかできないでいた自分にも否があると、祈りや謝罪の言葉を捧げるだけにとどめていた。

 そうして、社会人となってからも、その一人きりでの追悼の儀式を続けていたのだが、昨年の夏にその場所を訪れた際、背後でぱきりと地面に落ちていた枯れ枝が折れる音がしたらしい。

 だが、はっと背後を振り返っても誰の姿もなかったので、小動物などがいただけなのだろうと考えていたが、その時、あの覆面の男がそこにいて、その莉佳の言葉を聞いていたのだとしたら――。


          *


 神妙な面持ちで、その長らくの間胸の内に抱えていた重い事実を打ち明けた莉佳は、「ごめんね、雅史お兄ちゃん……」

 もう一度、弱々しく謝った。

「……もういいよ」

 と諦めたように雅史が項垂れる。

「ねえ、今の話を聞いて分かったでしょ? あれはただの事故だったの。だから、誰のせいでもない」

 莉佳が覆面の男に向けて、必死にすがるような声を向ける。

 だが、覆面の男はなにも言葉を返さなかった。

 しばらく沈黙が続いていたが、雅史の背後に映る扉が、小さく軋む音を立てながら開いた。

 死神の到来を告げる音に、緊張が走る。

 雅史のいる部屋に入って来たその黒ずくめの死神は、ゆっくりとした足どりで彼の背後に立つと、奇矯な甲高い声で、

「赤井雅史。お前が、滝川美登里を殺した犯人だったんだな」

「……俺が崖から突き落としたわけじゃないけど、俺に責任がないわけじゃない」

 雅史は項垂れたまま力なく応えると、

「……やれよ」

 覆面の男は言葉を返すことなく、腰に提げたホルダーから、黒光りする銃を左手でおもむろに抜きとると、その銃口を、雅史の後頭部へと突きつけた。

「やめて!」

 莉佳が激しく狼狽えながら、悲痛な叫びを上げる。

 その声は無情にも無視され、銃声が響き渡ると同時に、雅史を映していたウインドウの枠は、黒く塗り潰された。


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